闘病の徒然に

1997、9〜03、12

(ALS)「筋萎縮性側索硬化症」を発症することで、
私の生活はガラリと変わってしまいました。
人生明日知れぬ身とは云いますが、まさか私がこのような
病気を罹患するとは、文字どおりの晴天の霹靂です。
暇にかまけて「短歌」で「闘病記」を綴ってみました。
闘病とはいいますが、今のところ、この病と闘う術はありません。


大月市指定「秀麗富嶽十二景」「本社ヶ丸」より

大月の秀麗富岳十二景物して下山意気揚々と
 (本社ヶ丸(1.643m)からの狙いどおりの富士山を撮り終えて)

降り積もる落ち葉踏みしめ下りゐて下肢攣り崩る棒倒しごと

ほうほうのていで下山し中央道握るハンドル心なし揺れ

あの攣りは尋常ごとで無きかもと診断を乞う不安に駆られ
 (T病院T医師の診察を受けるも、もう少し様子を見ようと)

心なし力入らぬ左手を庇ひつ撮りし写真にブレが
(旅行先で採った写真にブレが多く、カメラを構えてみたら小刻みに震えることに気付く)

もう一度診て下さいと乞ふ我の両手を握り拙ひと医師は
 (ちょっと拙いかも、と血液検査の指示が)

血液の検査リストを見る医師の口から出でし直ぐ精検と
 (筋肉の酵素が異常に血液内に流れ出している、直ぐに神経内科を
  受診するように、 との指示が。お陰で無駄な大回りをしないで済む、
  T病院T医師に感謝

紹介を受けしN大神経内(しんない)科モゴモゴモゴで即断無理と
 (N大学病院付属神経内科・S医師を受診)
 
診断は検査入院待てと言ふ不安募りて頭ゴチャゴチャ
 (一通りの診察の後、検査入院の指示のみで、ハッキリしたことは何ひとつなし)

医学書を引いて開いて首っ引きもしやこれかと募りし不安

ピクピクと悲鳴あげゐる左手の病みゆく姿医学書にあり

そんな事有る筈無いと否定する書き込み探す吾れも人の子

もう嫌だ早くなんとかしてくれの己の声に目覚めて暫し

ああ夢か暗闇見つめ辿りゐる主人公なき闘病ドラマ

体調の優れず冴えず胃も痛み頭の隅に暗雲何時も
 (不安が頭を離れず、食べられず、眠れずも、仕事に没頭して忘れる努力をするも)

何をする気力も失せて疲れ果つ我を襲ひし大量吐血
 (突然の大量吐血に救急車で入院、不安に駆られる毎日に胃がダウン)

救急の車に乗りて不思議なりホット安堵す己のゐるに

あと十分遅れてをれば我が生命(いのち)危なきとこと潰瘍指して
 (危機一髪、あと10分止血が遅れれば危なかったとあとで聞く、胃潰瘍との診断)

点滴の輸液の管に繋がれて今日で五日目天井睨み

不思議なり飲まず喰はずで一週間喉も渇かず腹をも減らず

俗界と隔離されての二週間行く末想ひ唯悶々と

健康であればと思ふしみじみとテキパキ働くナース美くし

いいでしょうほぼ全快のお墨付き持って転院神経内科
  (N大学付属病院神経内科へ検査入院)

数々の検査リストを指し示し担当ドクターのんびりせよと

回診の教授に付き添ふ研修医その数多く身構へて待つ

病む我の不安を煽る医師達の専門用語飛び交ひてゐる

最後ですお疲れ様と検査員ほっと安堵す先見へずとも

懸命に言葉を選び話しゐる先生お楽に有ります覚悟
 (検査結果を踏まえての診断を期待するも)

曖昧な事しか云はぬ医師の眼の底に光りし何かを読むも

様子見と医師は結論先延ばし待つ身の辛さ知ってのうへか

なす術の無きと云へども進みゆく病を枷に悶々とせし

紹介を受けし名門J医大我が歩む道教授に乞ふて
 (知人の紹介でTJ医科大学病院 I教授の診察を受ける)

診断はあと数検査してからとベッド待つ日々永かりしこと
 (4ヶ月余りのベッド待ち)

空きました明日入院と電話あり闇夜に光り見つけしがごと
 (J医科大学病院神経内科へ検査入院)

病室の天井睨み此れからを女房と相談取留めもなく

各々が病おもちかベッドにて医師看護師に身柄あずけて

計らずも同窓生となる患者(ひと)ら引き摺りしもの様々なれど

病む姿色々ありて背けし目考えたくなし末は我が身と

明日からは検査づけにと告げに来し看護婦さんの若さ美くし

数々の検査受けつつ日々夜毎不安募りて夜白むけふも

我が床の周り囲みし研修医其の教材となりてか悔し
 (教授の回診に24名もの方が)

日々幾多受けし検査の答え待つ逸りし心ベッドに縛り

さあ今日は卒業それとも留年か首を洗って其の時を待つ

奥さんと一緒に来たれと招かれて開けるドアーの重かりしこと
 (いよいよ運命の日が)

夫婦して教授の前に畏みて唯事でなき此れからを知る
 (J医科大学病院 I教授より筋萎縮性側索硬化症との診断告知を受ける)

お気の毒様です今の医術でも治癒せしむこと叶はぬものと

逃るるを助くる術の無きといふ最高医学府教授をしても

「筋萎縮牲側索硬化症」読むにおぞまし吾に巣食ひしもの

限りなく悪化の途を辿りゆき末はベッドで余生覚悟と

選ばれて十万人に二人とか全国五千のお仲間入りと
 (03現在、6.600名余りと発表されています)

この俺が何故どうしてとおろおろと教授の話しまさかまさかと

若しかして効くかも知れぬ投薬を今は此れしか打つ手無しぞと
 (唯一承認されているという「リルテック50」を処方されて)

身の周り急ぎ整理をせよとゐふソーシャルワーカー鬼にも見へし
 (今後をどう過ごすか家族で相談を、ローンは慌てて完済するな、
  生命保険は解約するな等々で、余命が永くないことを知らされる)

モシモシと八方手尽くし相談も答へは一つお気の毒さま

漢方と鍼灸カイロ整体をやってみました若しや効くかと

医学書を貪り読みて得るものは予後は悪いとゐふものばかり

我が命永らふ術は唯一つ呼吸器着けて天井睨み

彼はいふご先祖様を疎かにさすればこその得病だぞと
 (まさか、こんな事を言ってくれる人が居るとは、私の日常を知りもしないで)

神仏ご先祖様もご一緒に俺の生き様見てをられてか
 (ご先祖様への「元旦参り」その他は欠かした事は有りません)

反論をしたくもなしや神仏ご先祖様の思し召しなら
 (と言いながら、救けて下さいと言う私です)

命落つ覚悟はありしもそれまでの生き様なるを知るだに辛し
 (この頃から、何時、何処で、如何して自分の人生に終止符を打とうかと考えるように)

お袋に女房子供孫までも背中引っ張る夢に目覚めし

吾の耳に寝ても覚めても囁きをつづける奴を追ひ出せずゐる

我武者羅に学び働き六十年其のご褒美が此れとは酷な

排ガスか練炭衝突飛び降りか逡巡するうち五体麻痺せし

計らずも難病故の障害者積荷重たし第二の船出
 (両手がほぼ、両足にも力が入らなくなり、身体障害者手帳3級の交付を受ける)

今日からは己の身分証(あ)かすのに身障者手帳とは情けなや

俺の手と足にとなりて子も育て頑張りくれし妻に詫びたし

夫婦とは酸ひも甘いも嵐でも手つなぎ歩む運命(さだめ)と女房

自ずから己の身体動かせぬこの歯痒ゆさを女房にぶつけ

淋しかり六十四歳の誕生日返納します運転免許
 (ハンドル握る手に力が入らず、シフトレバーも動かせなくなって、更新を諦める)

人は皆頑張れなどと言ひたるも何を頼りに生くればよしや

散りいそぐ桜を仰ぎ思ひゐき若葉の芽吹き我にこそあれ

蕎麦店の暖簾を下ろし此れからを不治難病と闘ふ覚悟す

三十年(みととせ)を生業(なりわい)とせし蕎麦店(だな)の
                       暖簾を下ろす病に負けて

有難う御座いましたと三十年励み育てし店他人(ひと)の手に

闘病を余儀無く離職淋しけり手に足心も奪はれしごと

難病と云ふ名の勲章我にあり妻と背負ひて何処まで往かん

他人(ひと)の手に委ねし店の味恋しお客となるや何時の日かまた

得もしれぬ不安に駆られし夜にあり時刻む音忙しく追ひて

痩せ細り役なさぬ手を握り締め未だいいですよ貴方はと医師
 (球麻痺症状が全く出ていないので)

外来の待合室に同窓生姿変はりて今車椅子
 (検査入院時隣同士だった人と再会、歩けなくなりましたと)

往く末を保障しますと太鼓判仰るとおり身障一級となり
 (告知時、進行性で止める方法も今現在ありませんと)

月一度病院通ひの大江戸線○障パスで嬉しくもなし
 (東京都営交通の無料乗車券の交付を受ける)

薄紙を剥がすにあらず着せるがごと日毎我が身の自由を奪う

遺伝子を操ることで治癒せしむ医学の進歩近きを祈る
 (遺伝子治療に光りが見えたとの報道が)

母といふ八十なかばの女人あり仏間に独り息子(こ)の身を案じ
 (幾つになっても、お袋という人は・・・・・)

我が責にあらずといえど病む身には老母の祈り有り難きかな

夜しじま一人ベッドに身を置きて明け刻を待つ眠れぬままに

息苦し汗ビッショリで空掴みのたうちまはる夢に目覚めし

女房に身柄預けて背を丸め歩みし影に木枯らしきつし

街なかの喧騒よそに悔しけり何するでなし歳の暮れ待つ

紅白の歌合戦で歳を越し除夜の鐘聞きさあ初夢だ

元旦や願ひはひとつ快復を神社仏閣ご先祖様に

目出度しや女房とふたり松の膳病を友と新たな門出

友垣の賀状届きて知る由は元気で越年迎春したを

凍てつきし夜道を妻とそろそろとノルマと医者の云ふ名の散歩

躓きて凍てつく路の暗闇に長々と居る人来るを待ち
 (ダイビングするように転んで起き上がれず、通る人を15分程待って助けを乞う)

この事を医師は言ったか不覚にも躓き転び怪我迄負ふて
 (突然力が抜けて転ぶことがあるので外歩きは充分気をつけるようにと)

大丈夫声掛けくれし親切に情けなきなりお願ひします

福は内鬼は外へと豆を撒く声しらじらし病む身の我に

裃に威儀を正して撒く豆に打たれて浴びて肖りたしや

何事も頼み願ふも儘ならずいらいらいらとイラッイラッイラッと

暮れなずむ桜並木の遥かさき夕焼け空の紅ひ冴えて

その内に行くといいつつ来ぬ友はおしなべ「かける言葉がないと」

淋しかり不徳の致すことなれど旧知の友の疎遠となりぬ

悔しけり計らずもがな病を得身をやつしゐるなす術もなく

月一の教授の診察受けにきて様付け呼ばるお客となるや

どうですかニコニコ顔で語り掛け手と足握りフンフンとだけ

医師にサジ投げられたとはこの事か何するでなく様子をみましょ

待合ひの室(へや)に集ひし人々の抱へし悩み背に描きありて

パソコンの向こふに御座すお仲間の生き様凄し当に闘病

パソコンのホームページに居る患者(ひと)の
                 病(やまひ)友とす明るさ不思議

あのやうな姿にだけはご免だと言ってた我がそうなる不思議

運命(さだめ)ぞと他人(ひと)は言へどもその余り壮絶なりて受け容れ難し

突然に崩れ落ちたる吾が耳にどうしましたの声降り注ぐ

救急車それともタクシー呼びますか幾多の人の声飛び交ひて

救助の手差し伸べ呉れし人糧(かて)に頑張り生くる励みにしたし
 (不覚にも又も転倒、親切な方々の厚意に元気を貰ったようで)

ふと目覚め天井見つめ深呼吸確かめ安堵眠りに落ちぬ

若しかして痴呆度調査してません?行き先思いボケるもよしか
 (介護度認定調査に訪れたケアマネさんが、
  付き添う妻にだけ話し掛け、質問内に痴呆を疑うものが多々)

乗る俺も押す女房も初体験あっちにヨロロこっちにドスン!
 (外歩き禁止令が出て、介護保険で車椅子を借り入れ使うことに)

車椅子幼き頃の視線なり行き交ふ人の見下ろしてゐる

見下ろしの視線なにげにやり過ごす俯く我は車椅子にて

身障の無料パスにて乗り込みし大江戸線に指定席あり
 (都営地下鉄大江戸線には、車椅子専用スペースが2両にあり、
  また、エレベーター完備で大助かりです)

ジジカーに乗って乗ってとはしゃぐ孫病む身を預く車椅子ごと

孫の押す車椅子にて来し広場嬉し恥ずかし公園デビュー

絵の如き動かぬ景色ぼんやりと置きをかれゐて車椅子ごと

役なさぬ両の手ブラリで飲む酒はグイッとはいかずストローでチュー

あれとそれ次はおつゆを頼みます俺の食事は郵便ポスト

女房にチンチン引っ張り出し貰いオシッコするとは情けなきなり

吾が歩む筈の途(みち)行く先達の訃報のメール届きて唖然 ・合掌・
 (先輩ALS患者、鎌田竹司氏突然死の報告が)

寝る起きる脱ぎ着る食べる立ち歩む人の手借りて我は活きてる
 (遂に要介護度Dとなって、生活全てをひと様の手に委ねることに)

嫁ぎ居る吾が娘二人目懐妊に安産願ひ水天宮へ

折角の無料パスでと大江戸線歓迎受けし車椅子ごと

待合の人で埋まれしホームに居投げつけられし視線の厳し
 (都営新宿線のホームへ移ると、混雑してたこともあって・・・)

混み合へる地下鉄車内に居り場無く右往左往で吾は障害物

終着の浜町駅に我を待つ鉄道員の凛々しく立ちて

駕籠のごと鉄道マンに担がれて階段登る俺は何様

己には己の身体動かせず六十キロの荷物となりぬ

梅雨入りをしたとの報も青空に緑の風の吹き渡りゐる

食卓とパソコントイレベッドへと四画移動今日を仕舞ひぬ

梅雨盛りテレビ画面の予報図は傘傘傘に傘傘傘と

この俺のケアプランをとケアマネさん身柄預けてよろしくどうぞ

お医者さん保健士さんにヘルパーさん介護看護師俺のヘルプを

姿見の中に佇む吾の影に視線落とせし醜さ故に

医学書のサンプル写真に酷似する己の姿に愕然とせし

冷蔵の便で届きし文なれど書かれしことは温もりに満ち
 (友人から冷蔵便で届いた枝豆に添えられた手紙は、しっとりと冷たく濡れていました)

友からの枝豆(まめ)に添へたる文を手に読むこと難し想ひにつまり

不整脈手足浮腫みて高血圧五体麻痺すも気だけは確か

今日からは私がお世話をするとゐふ看護婦さんに病む身を預く
 (医師会看護ステーションから、週一回メディカルチェックその他に来てくれることに)

訪問の看護婦さんに身を委ねゆらゆらゆらと癒されてゐる

浮腫みたる吾の手揉みつつ語りゐる看護婦さんの声心地好く

移り往く季節(とき)追ふがごと弱りゐく吾が身の行く手たれぞ止めくろ

床に臥せ半日過ごし椅子にまた座して半日今日の暮れゆく

人は皆ピンシャンコロリを願ひをるピンシャン抜きの吾はコロリを

吾の歩みいつまで叶ふや萎ゆる脚引き摺りてゆく負けてなるかを
 (立ち上げて貰って、トイレへの往復がやっとに)

伝説の郷から届きし白桃に友の想ひの馥郁(ふくいく)とあり

友がきの手塩にかけし白桃に精出す姿詰め込みてあり

遅れ馳せなどと思ひし夏なれど集きし虫に去く夏を知る

火の星と逢ふ瀬叶ひし十三夜喜びゐるか光に満ちて
 (火星が月に大接近するという天体ショーが)

冴へ冴への待ち宵月に寄り添ひし火の星ひとつ紅紅紅と

幾万の年経て叶ひし火の星と逢う瀬のしばし十五夜の月

中秋の月煌煌と誇らしげ火の星つれて天空渡り

十六夜の月南天に独りゐる火の星去くを見送りていま

群雲の向こうにありて十六夜の月ほのかにて夜の更けゆく

キャピキャピの娘二人に身を晒し己れも脱ぎ捨て訪問入浴

自尊心プライドなんぞ湯に流せ!訪問入浴スッポンポンだッ!

屈辱の羞恥のなどと洒落臭い己を殺し♪い〜い湯だッなッ♪

萎え果てし足を引き摺り行く道は三LDK片道やっと

早暁の眠りを破るけたたまし電話の向こふ孫娘産まるると

若しかしてチンチンつけてくるかもの期待を他所に姫君誕生

姫君と聞ひて姦し皆挙り色が白いのべっぴんだのと

それなくもメロメロ甘のパパにして両手に花はいかんとせんや

ヒトゲノム解析せしむプロジェクト我れの病に行き着くや何日
 (ALSでも1000人規模で始まる、早速血液を提供)

ゲノム解け病の遺伝子突きとむる夢みし時のくるは明日かも

国民の義務とゐへども病む手にて書くこと難し衆院選挙

候補者の名前を呼んで書き入れの代筆頼む公開投票
 (自分の手で字が書けなくなって初めての選挙。
   係員に候補者名を口頭で伝えて記入して貰うことに違和感が)

妙齢の看護婦さんの手に委ね恐縮しゐる排尿介助
 (恥ずかしさで、身の縮む思いです)

自死せしむ人の遺せし想ひ丈あしたを見詰む我に届かず

パソコンの向こふにおあす人敵にあの手この手と将棋に興ず

雨音を遠くに聞きて眠りいり射る陽に目覚む雪積む朝に

初雪をかぶりて凛と門松の朝日眩しき師走の街に
 (東京には珍しく、暮れの28日に3cmの雪が)

感慨に耽ることなく大晦日一夜明けれど闘病つづく



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