おりおりの詩

平成十六年一月元旦〜十二月三十一日



富くじの夢儚くて消え去るもかく清々し元日の朝
 (年末ジャンボ宝くじ、夢は儚くて)

富くじに託せし夢の破れしもいと清々し元旦晴れて

この温さ送ってやりたし咳き込みてオメデトをいう孫住む町に

小雀の日暮れに追われしがごとに啄ばみしいる塒へいそげ

願はくば治療効果のあれ妻の心づくしの七草粥に
 (治るのなら、七草粥にさへお願い致します。)

小寒に梅の一輪ほころびてメジロのキスを楚々と受けゐる
 (我がさ庭に冬限定で居つきます、実に愛らしい野鳥です)

吾の暮らし言うことのみのありがとう歌友に言われ感激しきり

南天の小枝の朱実食まんとし羽ばたき停まる鵯に感服
 (一粒食べるのに大騒ぎ、使うエネルギーにマッチするんでしょうか)

それぞれに姿形は違えども病む身の我に幸ある不思議

 (「歌会始」のお題「幸」に因んで、私も詠んでみました)
幸せを口にす人の夫々に感ずるものの違いてわれも

北に豪雪(ゆき)南に蕗の董でたという新聞を読む病の床で

めちゃくちゃやもう駄目かもの涙声神戸の友のあれから九年

吾と同じ道歩みゆく病友とネットで交信。今日も活きてる

生き様を短歌に託しし病友の心の内を我と重ねつ

吾を包む夜の空気の重たくてあしたのくるをいじいじと待つ

ありがたや冷たき夏の置き土産花粉の飛ぶを少しと報ず

枝張れる桜の梢見上ぐるに冬芽の固しけふは大寒

医師はサジ投げたわけでもあるまいに 何するでなく様子を見ましょ
 (月一の診察も、治療行為は一切無し、解ってはいてもつい愚痴が)

一億が総詩人だと「天声人語」稚拙なる吾も数の内かも

寄り添ひつ追ひつ追はれつ飛び交ひつメジロの春の賑やかなりし

氷(ひ)のしたに閉じ込められし錦鯉春待つ姿ブロンズのごと

ブロンズと見紛う錦鯉(こい)の氷の下に春来と待ちぬ身動ぎもせず


               大蔵高丸・ハマイバより

思ひ出詠み
  (山梨県甲府市指定の山より「秀麗富嶽十二景」を撮る為の登山・他)

漆黒の闇に伸び上ぐ登山道(みち)仰ぎ己を鼓舞す富士の待てると

静寂の闇の支配す登山道(みち)に積む落ち葉の深しゆく人なくて

登りゆく吾に満天の星明かり遥かの下に町の灯もあり

     
霜柱ザクザク踏みしめ登り行くわれを万余の星ぞ包める

立ち止まり息を整のふ静寂に鼓動の激しドックドックドクと

紅富士を追ひ求むること幾十度凍てつく登山道(みち)の拒みしもなほ

秀麗といわれし富士の稜線の永久とも見えし朝靄のさき

 棚引ける朝靄の先に消えなづむ富士の稜線は永久に在るべし

   曙に浮かびし富嶽(ふじ)の神々し鎮かに座して近寄り難し

凍てつきの富嶽旭光に輝きて厳かなりし菩薩が如く

幾重なる稜線の先に聳え立ち睥睨せるかも富嶽厳かに

      
暮れなずむ町の灯真下(ましも)にドンと聳(た)ち
                     富嶽あかあかと夕陽を纏ふ

濃き霧の下に眠れる喧騒を呼び起こすごと朝日の眩し

山襞を埋めし朝霧流れ出でけふの幕開け告げて消えゆく

予報は晴れ山行(さんこう)支度整へてそれでもと見る空に満月

ポツネンと何を思ふや孤立杉頂上(いただき)目指す我も独りぞ

秋化粧せし山深く踏み入りて岩清水手に握り飯食ふ

錦秋をひとつ抜くればスズタケの波打つ崖に黄葉(もみじ)乱舞す
                
錦秋にからだひとつをつつまれて立ち留まりては立ち止まりては

この感動!如何に伝へん誰に語らん星満天に降るがにひしめく

しんしんと戦場ヶ原はしづまりて霜地をおほひ天に星満つ

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冬富士の白きを逆さに抱き込みて静まりている湖面(みなも)の蒼し
 (富士箱根伊豆国立公園内・静岡・田貫湖にて)

雲海に雪頂きて起つ富士をいつまでも追うジェットの客で

人はいう「処分する」とハクビシンニワトリアヒル咎なき身なのに
 (アジアで鳥インフルエンザの大流行)

陽溜りに早めの春を貰ひしけふ梅の開花の早めと報ず

各々に悩み背に描き病院の待合室にねまりてじっと

流感に肺炎までも寝た蒲団冬陽に干してウゥ〜ンッと背伸び
 (孫娘、やっと元気になりました)

春立ちて逃げゆく陽脚吾が床の半ばとなるも温さ増しをり

春立つも節分寒波の襲ひきて雪積むくにや冬晴れの街や

予報図のオレンジ色に住む身にて白き地方に想ひを馳せし
 (NHKの天気予報パネル)

眠られぬまま薄闇に耳澄ます雪積む音に脈拍の音(ね)に

独り寝に雪積む闇の寂かなりシンシンシンとシンシンシンと

思うよにいかないものよ他人(ひと)の手は
                   ソコッソコッ右!も痒さに足らず

声高に受験の様を話しいる子等を包める夕日の温し

雪山を越えきし雲の青空に流れてはやし風花の舞ふ
 (越後の山々へ大雪を降らせた雲が東京の空へもやって来て、小雪が舞いました)

トンネルの向こうは雪国吹雪ぞと雪積む車駆け抜けていく
 (関越高速道、関越トンネル上り線で)

戦場と言はるるイラクの地に立てる隊長の髭覚悟とみたり
 
 (イラク戦後復興支援に派遣された我が自衛隊員)

たくはふる髭も凛々しく自衛官復興支援と戦場に立つ

 思い出詠み・・・25年間夢中でやった「へら鮒」釣りを
ピクリとも動かぬ浮子を睨みいる俺はいったい何する人ぞ

浮子にくる「あたり」ひたすら待つわれに水面跳ねくる冬陽の温し

水底に潜みしへら鮒(うお)と会話せる浮子の動きを心して待つ

この瞬間(とき)を只ひたすらに待ち侘びてビシッと合わす冥利の瞬間

三日月と見紛う竿の弧を描きて待ちいしへら鮒(うお)の水面にと出づ

湖(みず)の面(も)に糸を垂れゐる吾を包み春告げ鳥が清かに囀る

ホーホケキョッケキョケキョホーケキョッ啼き交はす 
                   森の新緑(みどり)が陽に照る中に

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まさかとふ坂を下れる吾のうつつ 誰が命(めい)なるや難病背負ふは

自死せしむ人の遺せし想ひ丈あしたを見詰む我に届かず

米寿なる母の口癖あの日から<私をおいて逝かないでくれ>

冷えこごる冬とのわかれ告げにきし春一番の吹き抜けてけふ

冬が去き春の訪れ告げるにはあまりの騒ぎ春一番の

友の炊くくぎ煮にのりて春とどく時明日かもと想い馳せをり

GDP七パーセント伸ぶの報 リタイアの身にて他人(ひと)ごとに聞く

これでもかこれでもかと吹く春二番居座る冬を蹴散らすがごと

七重八重花咲く季節(とき)に思ひ馳せ桜並木を如月の朝

吾の背負(しょ)へる不治といはるる難病の謎解かるる日近しと報ず
 (遺伝子レベルでの研究が進むとの報が)

謎解けて治療にいきつく時の何日 己励まし待つ日の遠し

合格の発表さるる校庭に若き声跳ね春の雪舞う
 (都立高校入試)

いつしれず梅の香うつり春なかば馥郁とあり沈丁花の咲き

老松の林に菰を焼く煙流るるけふを啓蟄といふ
 (歳時記ともいえる、菰焼き風景を)

啓蟄といはるる春の訪れし捲き菰を焼く煙ながれて

没り残る月山の端にかかりわが歩みゆく道の明らか

いかなごのくぎ煮のとどき彼の地にも春きたるらし明石の友の

咲き初めし桜のひとつが曙に宴のときの間近きを告ぐ

桜花(はな)咲ける朝(あした)の冷たき雨やがて
                       霙となりぬ彼岸といふのに

清拭に我スッポンポンに剥かれたり花冷えの朝にクシャミをひとつ

桜花(はな)咲けど吾の明け暮れに変はりなし
                   季節(とき)を外れし雪さへ降れど

ふくふくたる蕾の開く時はいつ冷え冷えとしてこの春寂し

耐へ忍び秘めたるものを一息に吐き出すならむさくら咲きゆく

愚痴る吾の手を握りつつにこやかに未だいいですよ貴方はと医師
 (球麻痺(嚥下、話方)症状が未だにでないので)

咲き満つる桜並木に清かなる風ここちよし車椅子にて

数々の短歌(うた)に託せる友の文涙して読む妻とふたりで
 (古くからの友人から、短歌で綴った便りが届きました)

不治といふ病をともの明け暮れに喝入れ呉るる友の嬉しき

おぼろなる薄紅たたえ春の宵千鳥ヶ淵の雨に鎮めり

風に振れ雨にも叩かる桜花散り敷くもまた踏みつけられて

散りいそぐ桜を仰ぎ思ひゐき若葉の芽吹き我にこそあれ

春風に舞う花びらのどこへゆく川面に浮かぶ筏となりて

「研修です」と新人君が挨拶す訪問入浴は春ともなへり
 (新入りの若者がカチカチになって)

食べ残したる餌の寂びし吾の庭にメジロの姿なくて桜(はな)満つ
 (桜が咲くと同時に姿を見せなくなります)

うらうらと春の日のどかに暮れなづむリズムに乗りて我歩みゆく

吾が手もて書きし日記の終はりしは去年(こぞ)の三月ゆめゆめ忘れじ
 (提出書類に署名をと乞われるも、出来ません)

爆発とも言うべし 木々は一斉に天空を指して若葉を吹けり

土くれの匂ひをつれて竹の子の春届きけり宅急便にて

妻でなく恋人でもなき彼の女(ひと)は看護師として我に優しく

消息を問ふも返信未だ来ず病友の投稿途絶えて久し
 (後に、肺炎で緊急入院していた、とのメールが)

葉桜にぼたん桜の寄り添ひて躑躅咲き染む道の暮れゆく

いぢらしやタンポポひとつ背伸びして子なる綿毛の行方見まもる
 (花が咲き終わると花茎が伸びて、綿毛を遠くへ飛ばそうとします)

悔しかり問われるたびに書類には職業欄に闘病中と記す

集ひきし同窓生(とも)の温き手夫々に我を励ますエネルギーに満つ

同窓の友ら集ひて吾を囲む白髪に皺に日焼けせし顔

吾を見舞ひくれし同窓生(とも)らの押し並べて
                       達者で年金食みて暮らすと

病みてなほ己の味を忘れられず他人(ひと)の手になる蕎麦に箸擱く

萌え盛るさ緑の中に影ひとつ四十雀なりツッツッピーと啼く

さ緑を纏ふ庭木が悲鳴あぐ窓打つ雨にけむれる先に

嵐去り朝(あした)に茶の香漂ひてゆるりと今日も始まりにたり

嬰児を抱き園児の手も引きて吾娘訪るるママの顔して

去年の秋乳房(ちぶさ)しゃぶりゐし孫娘
                 六月(むつき)経し今南瓜を食みをる

ママを目に右や左と追ひゐしがやがてたふれて泣く嬰児よ

寝返りて腹這ふ幼が伸ばす手の届かぬオモチャを爺は見てゐる
 (手許へ持っていってやりたくも)

TVにて新茶揉む様報ずれど香りまでは届かず八十八夜に

手にする物すべて口にし嬰児は確かめをるや己がゆく道

春嵐吹き荒ぶ朝に病友の訃報の哀し他人(ひと)事ならず (合掌)

はしゃぐ声消えにし庭に濡れそぼつぬひぐるみありて主はお昼寝

姉さまの仕草見詰めて嬰児はなべて学ばむと眼を輝かす

何ゆゑか熱きもの頬をつたひ落つ寝顔愛しき孫娘(まご)見るうちに

嬰児に乳房含ませまどろめる吾娘(あこ)疲れしかけふは母の日

「♪また来るね〜」と帰り行く孫娘(まご)見送るに
                       声の詰まりぬ明日知れぬ身は

二つ眼の孫台風の去りし宵じじばば揃ひて船漕ぐのどか

寄り来るものなべて緑に染めなんとするごと萌ゆる森に身をおく

三十年(みととせ)を生業とせし蕎麦店(だな)の暖簾を下ろす病に負けて

のんびりと休むがいいと友は言ふ難病相手の闘士の我に
 (そうしちゃあいられないんだ、病と闘わなければ・・・)

何ひとつ吾が手を用ひてなさざれば『よきに計らえ』のみにて暮らす

熱きもの胸奥深く秘むるまま解脱装ふ日々の辛さや

はしりなるつゆの雨乗せうな垂るる青葉の態(なり)は我を映せる

ヘルパーといふ名の女性(ひと)に身を預く我の心は青年なりき

潰すなど出来ないといふ妻のいて青虫ふくらくちなしの葉に

主治医(いし)のいふリミットいっぱい酒酌みて
                   ノルマの如く粛々と飲(や)る
 (お酒まで取り上げちゃうとねぇ、と、200ml までですよと先生)

季節(とき)ならぬ二号台風北上すはしりの梅雨の前線に乗り

子雀を咥へカラスが巣に急ぐ親なるがゆゑの狂暴さもち
 (葉群れの中へ突入して咥えてゆくさまを偶然見ました)

あの日から歩み始めしこの道は果なく続く苦難の坂なり

診て貰ふだけにて治療の術もなし医師の前まで身を運ばれて

去年愛でし皐月に会はむと訪れしに夕日を浴びてビルの建ちゐる

撮りためし花菖蒲を前に思ひ出すシネマのごとくひとつひとつを

人は皆ピンシャンコロリを願ひゐるピンシャン抜きの我はコロリを
 (おばあちゃんの原宿、巣鴨でのインタビューを聞いて)

千枚の水を湛えし田に酔ひて夫々ごとの月も愛でたし
 (田植えを終えた千枚田をテレビ画面に観て)

梅雨前線押し返すごと吹き荒ぶ南風(なんぷう)五月に熱さ伴ひて

草引きに一日(ひとひ)を暮らす友のゐてネットで届く雨で休みと

解禁にむらがり来たる釣師らの獲物となりぬ香魚ら哀れ
 (鮎つり解禁のニュースを見て)

『会ってから謝りたい』と女児言へど聴くこと叶はぬその友哀れ
 (女児が女児を殺めるという悲劇が)

殺(あや)むること学びしドラマのあるといふ殺人なくばドラマは出来ぬとも

咲き移る花をこよみに入梅(つゆ)を知るアジサイの青雨に冴えゐて

紫にうつり変るを知りゐしや青さ誇りし紫陽花の君

ひとつ蚊の刺して血を吸ひ飛び立つをじっと見てゐる一茶ならねど

風のゆく黄金に染まる麦畑に穂波は揺れて雲雀あがれる

行く当てのある筈もなし妻の押す車椅子なる散歩道には

あれにそれあそこあの人何んだっけ?連発するも女房は達者

進みゆく不治の難病身に棲まはせ五年(いつとせ)歩み妻の手頼りに

ありがとう思はず吐きし吾の顔をしげしげと見る妻とふヘルパーさん

五年(いつとせ)を闘病せるに満ち足れり心通へる妻のゐてこそ
 (こんなところで胡麻を摺る)

操りのピノキオのごと崩れ落つ 起立叶はぬ吾の脚哀れ
 (罹患して5年、遂に立っていられなくなりました)

目覚むるも満ち足らざればいま少しの眠りを欲す闘病の身は

この時の来るを覚悟と言はれしが椅子にひとひを暮らす辛さよ

テキパキと働く息子を眼で追へる妻の言へらく「貴方に似てる」

涙腺の緩みし我に「ありがとう」父の日限定感謝と吾娘が

物干しに濡れて踊れるシャツひとつ遠台風の余波のリズムで

刈り込みの音心地好く吾に届く梅雨の晴れ間に緑の風と

列島を引っ掻き回しし台風の連れ来し暑さに浸かりて汗す

今日ひとひ食せし糧の足らざるや夕さる庭にスズメら餌あさる

乱舞せる蛍を捕らへ家路につくビデオカメラとふ篭を手にさげ
 (ホタルを捕るといっても、撮る方です)

<ひばり>とふ人の遺しし歌に酔ひ二刻(ふたとき)過ごす酒を片手に

生き様と胸張るほどのものでなし明日しれぬ身におずおずとゐて

命落つ覚悟はありしもそれまでの生き様なるを知るだに辛し

ベッドより吾を起さんと寄れる妻は糠みそ漬の香を纏ひゐる

釣られゆくさだめと知らず香魚らはキラリキラリと深みにあそぶ
 
箸を擱き「美味しかった?」と問う妻に「ウン」と答えて夕餉お仕舞い

子育てを誰から学ぶや四十雀(しじゅうから)
                  ひよこの嘴(くち)に給餌(や)るに忙し

花を愛で香りに酔ひし老梅の葉陰に輝輝(きき)とひとつ青梅

万緑に包まれ美女と露天風呂 茶の間にひとり旅番組を

ベランダを断りもなく占拠せる土鳩の子育て見守るに哀れ

「さぁ起きましょ!」妻の声からまた始まる
               車椅子(いす)にこの身を預くるひと日の

新聞の「歌壇」のページに眼を凝らす無駄と知りつつ吾の歌探し

七夕に逢うにこと欠き病友と待合室にねまりて暫し

一つ往きまた一つ往き蟻んこの何処から湧くや何処(いづく)へ往くや

鋭(と)き日射束なし跳ねくる昼下がり黙然として万緑揺るがず

朝(あした)咲くとでも言ひたげ朝顔の蕾ふっくら闇に静もる

一万を僅差と開票報道す一万人の票といふのに

遠雷を梅雨明けたりと聞く我の寝床の暑し熱帯夜にゐて

梅雨晴れやあぁ梅雨晴れや梅雨晴れや
                       梅雨なきままに梅雨明けゆきぬ
 (梅雨入り宣言のあと真夏のような日が続くままに梅雨明けとなる)

「梅雨明ける」「夏本番」の文字躍る紙面を見やる病の床で

射る陽受けハイビスカスの朱(あか)燃ゆるけふの一日身焦がすまでに

菅笠に丸めし頭を隠すごと政治家ひとり遍路道ゆく
 (民主党の「菅」さん何を思ったかお遍路さんに)

亡命をせし北朝鮮(くに)捨てて妻と娘を選びし君も人の子なるや
 (ジェンキンスさん)

「退去せよ!」人質とりて大音声イラクの民の声ならずとも

驕れるや「たかが選手」と言ひ放つご仁の生業「たかが新聞屋」

酷 猛暑炎暑灼熱これでもか東京都心は三十九度五分
 (この年、記録的な猛暑となりました)

ジメジメも梅雨寒もなく大暑なり地球は病むや明日を憂ふも

暑苦し窓を開くれば騒音と埃入りきてビル消えゆくの見ゆ
 (隣のビルの取り壊し工事)

「モーシモシ、あのねっ、えーとねっ、八月ねっ」孫台風が来るとの電話

絹といひ木綿といふも豆腐なり奴(やっこ)となりて吾の腑を満たす

汗をして泥に塗れて若きらは濁流被害地を笑顔で満たす
 (若者のボランティアが)

雀らの子スズメ育てを見るにつけ合はす顔なし女房殿に
 (子育てを女房に押し付けて、仕事と趣味に没頭、)

「僕達の夏は終った」とうな垂るる高校球児ら日盛りのなか

空梅雨に甘み増せども白桃の実の太らずと農婦は嘆く

目覚めては夜明けであれよと目を遣るにけふを半時過ぎしのみ 闇

清(さや)かなる香に覆はれて那珂川はゆるりと流れ鮎ゐるらしも

病を得リタイアするとは予定外育てし暖簾が後ろ髪引く

読むだらう人を意識の中に置き書き続けゐる日記の空し

焼けつきしアスファルト道急ぎゆく蝉しぐれとふ雨を浴びつつ

吾が髭をあたれる妻の顔にある皺のいくすぢ何を語れる

生業も遊びも全て投げ出したこの手で難病(やまい)も放り投げたし

エアコンのつくりし秋に鈴虫の鳴き音の清か 外は真夏日

黙祷を捧げし球児ら何想ふ甲子園とふ戦場にゐて

患ひて煩(わずら)ふわれの身と心 この態たらくやピカソ画に似る

まさかとふ坂を下れる吾のうつつ 
              誰(た)が命(めい)なるや難病背負ふは

トントトトン、トントトトンと闇刻むエアーマットが眠りを奪う

パソコンに向かひて短歌詠む我に妻荒ぶりて「ねぇッ聞いてるッ」

無我夢中聞く耳持たぬ吾を前に妻はお喋りテレビ塞ぎて

外泊の許可を貰ひて帰り来し我が家に枕なつかしみ寝(い)ぬ

紙尾に書く「お健やかに」に籠むる思ひ我にこそ欲しけふもあしたも

ドーピングは聞くに痛ましき術なれど難病(ALS)治療に往きつくやもと

そぞろゆく吾を追ひ越しし人影の長きに揺れて夏去くを知る

焼色良きサンマが大根(だいこ)おろしを背に秋を連れ来る夕餉の膳に

虫篭の世界に一生(ひとよ)を鳴き暮らすスズムシ哀れ夏のをはりに

往診に訪れ呉れし女医さんの耳に光れるピアスの眩し

青空を北へと奔る千切れ雲台風十八号の露払ひならむ

ゴロゴロにやがてドドーンと鳴り響きビシャッと締めて雷様落ちる

ケイタイといふ名の絆手に妻は薄化粧して「行ってきまーす」

百年に一度の風害受けしとぞ挙(こぞ)りて嘆くを我は傍観

高熱に魘されしことも忘れしが<熱のハナ>咲く口端(こうたん)痛し

こんな筈ではなかったと病院につづく坂道けふも登りゆく

子育てに励みしスズメ暑さにも耐へてボロなる夏羽(なつばね)哀れ

血圧も体温・脈も平常値、ご気分いかがと看護婦さんは

閉づること忘れをりしか夏の扉真夏日といふ暑さがけふも

一つ落ち二つ間引きし蜜柑樹にふくふくと生る選ばれし実の

この夏の厳しき暑熱を取り込みて
            炎(も)ゆるがに朱(あか)し西瓜のみずみずし

絶え絶えに鳴く鈴虫の恋路いま成就されしや初秋(はつあき)淋し

はるばると空を渡りて降る灰を噴き出す主は浅間山なる

浅間山噴火せしとは聞き知るも遥か東京に灰降らすとは

憎っくき奴γ―GTPなる数値黙して語る酒を断つべしと
 薬の副作用と云いつつも、アルコールに敏感な数値とも)

あとひと日真夏日なれば新記録天気予報士嬉しげに告ぐ

異常でも新記録とはめでたきや暑さに苦しむ真夏日なれど

御仏に仕へる身なるや曼珠沙華彼岸に咲きて墓地を彩る

冷コーヒー腹に詰め込み佇める自販機けなげ炎熱浴びて

降るがごとアオマツムシの鳴く道を五月蝿(うるさひ)とゆく蒸し暑き宵

土産もの提げてひょっこり訪れし息子は街の匂ひも連れて

蒔きたるも植ゑたることも覚えなき名さへ知らぬ木さ庭に実を生す

炎熱を冷ますにしては余りにも冷たきことよ彼岸のこの雨

二十余に八つが上陸といふひどさ台風情報他人(ひと)事ならず

十五夜をあしたに昇りゆく月の下に煌めく街の灯恋し

時刻むごとに落ちゆく望月を沈むまで追う病院のベッドで

煌煌と照る中秋の月映すテレビに見入る雨音耳に

あの満月(つき)は見上ぐる人々夫々の想いの丈を映して浮かぶ

中秋の月高層のビルの端にかかり吾の影淡く揺れゆく

何故にそれほどまでに身を隠す焦がれる我に十六夜の月

十六夜の月入り残る空青く嵐を追ふや白雲翔けゆく

恋焦がれ逢ふ瀬今宵と身をやつす立待月の夜更けしそらに

冴えわたり夜半の中天雲はなくひとり渡るは居待ちの月なり

他業種に息子をとられし豆腐屋は七十五にしてけさも豆挽く

一筋の光(かげ)を辿れば障子なる一穴射抜く夕日のスポット

金木犀そこはかとなく香りきてはや秋深し寝待月夜は

灼熱の夏を鎮むるためならむ今日も降りつぐ雨の冷たき

眠られぬまま薄闇に耳澄ます脈拍の音に雨垂れの音(ね)に

オレ流と揶揄さるる人ペナントを奪ひしあしたは名監督と
 (中日ドラゴンズ、リーグ優勝)

オレ流に習ひ笑顔を絶やさざればあしたの我になにかあるやも
 (ベンチだけでなく、ピッチャーマウンドへいっても、
              落合監督は笑顔を絶やさずに優勝を)

優勝の美酒に酔ひしれ明日はまた優勝セールの人混みに酔ふ

朱になりてアキアカネらの二つ三つ狭庭に小さき秋をつくれる

庭ひとつ馥郁たる香に包まれて金木犀の零(こぼ)れんばかり

ただ柿を「喰ひたいだけ」と言ひたげな熊の目哀れ銃弾受けて
 (この年、沢山のツキノワグマが人里へ現れました)

台風の遺しし傷跡愁(うれ)ふごと雲垂れ込めて秋鎮まれり

ほろほろと零れし木犀池の面を黄金に染めてひと日ほのめく

朝刊にメジャーリーグもお休みで妻のおしゃべりぼんやりと聞く
 (慣れ親しんだものが無いと、調子が狂います)

若きらが自死せしはかなき世に我は病と老ひを引きずりて生く
 (相次ぐ、若者の集団自殺)

破いたるジーンズ身につけスポットを浴びゐる女(ひと)がスターと呼ばる
 (ベストジーニストの表彰式で)

「しんげつ」と呼ばるる月があるはずと闇夜に我は光りを探す
 (解ってはいるものの、一縷の望みを探す心境を)

トンボらの番ひて卵産むけふは秋雨晴れて天高くあり

イナゴ追ふ子らのはしゃげる声はねて刈田の空に鰯雲群れ

プレーオフわがくらしにも在りたらば病と対峙して闘ひ貫くも
 (遣り直しができるなら・・・・・)

農民は盗人、台風、猿に熊 敵に回して辛き稼業よ

雨風の脈打ち止まず季節(とき)外る台風ひとつ渡りゐるらし

『ありがとう』振り絞り言ひてその母はテロに倒れし息子を迎ふ

庭の面をツンツンツンとつつきつつヒョコヒョコといくドバトのふうふ

長き夜も消防救急パトカーの音ひとつなく朝(あした)となりぬ

酷夏ゆき暴風豪雨に大地震やがて暗澹災害列島

熱燗と香り芳(かんば)しき焼き茄子が月観る我を夢路に誘(いざな)ふ

夕焼けを残して没(い)りし陽を継ぎて満月渡るショーの始まる

MRI・ドンドンドンと躯に響く病巣捜すノックに怯ゆ

医師の手に頼る術なき難病(やまい)もつ我は掌(て)合はす満月にさへ

四半世紀前はキラキラ輝きし我も住居も今や中古(ちゅうぶる)

マンションも住む我々も老いし今この先見据ゑて修繕をなす

胸もとをかき抱くほどの秋寒に降りつぐ雨の侘しき音よ

掌(て)の中に納まるほどの温さゆゑ大事にしよう 孫娘(まご)のひと声

大地震(おおなゐ)に山肌剥き出(い)で崩るれば山古志村に空し紅葉

枯れ落ちし朝顔の蔓掻き分けて秋と知らずや双葉のひとつ

けたたましき声挙ぐヒヨドリ蜜柑樹に熟れたるミカンのあるを告げゐる

昼日なか狭庭に遊ぶ野鳥観る吾を看護婦は「幸せネ」と言ふ

濁水を溜めて沈むる山古志に槌音高し雪に急かされ

闇中のベッドに寝そびれ音を追ふ上階(うへ)なる人は真夜に何なす

ひと日経るごとに秋色深まりて毛布一枚出せと予報士

囲ひより出でしイルカの性哀し外海にても芸で餌を乞ふ
 (研究用に飼育されていたイルカが逃げ出して)

きのふけふ日ごと彩なす並木路に木枯らし厳し病(わくら)葉(ば)の舞ふ

鋭き月に金・木星の寄り添ふを暁天に仰ぐ富士山シルエット
 (接近して一直線になるという天体ショーを、
          シルエットの富士が仰ぎ見るという報道写真に)

天割れて光のきざはし束なすは降臨あるやも病める国土に

秋雨の遺しし狭庭の水溜り青空映し千切れ雲とぶ

冬支度とてもみぢ葉の散りいそぐ吾は耳澄ます小春日和に

ああもせえこうもせえよと口ばかり吾は難病の重みにねまりて

朝一番飲む水二杯の冷たさに喉越し難く秋ゆくを知る

四歳の姉さま四年(よとせ)に学びしかママの口調で妹(いも)を叱るは
 (ふたりの孫娘)

姉と妹(いも)笑ひまろびて遊びゐしがやがてケンカし泣き別れゆく

まどろみの中に見し夢悩ましも現(うつつ)の我は辿るに難し

鼻歌とおぼしき声に耳やれば白髪染めきし妻のゴキゲンッ!

ただ独り介護ベッドに臥す夜半は深深深と侘しさばかり

朝の陽をうけて結露の煌めける窓のむかふに見る秋眩し

木枯らしはなんと無粋なものなるや今を盛りの紅葉葉蹴散らす

ガサゴソと落ち葉掃く音木枯らしの止みたる朝のをちこちに立つ

散り敷ける落ち葉巻上げ走り去る車は白き息を遺しつ

つまみだせ!嫌よッ!と争ふ吾ら措きて小蜘蛛悠々狭庭へと出でし

秋の陽を溜めて温もるリビングのカーテンを引く夕焼け愛でつつ

夜嵐の音のみ聞こゆ闇にゐて朝(あした)待たるる寝そびれしまま

ひと年の大トリならむ夜嵐の遺しし空はあくまで碧し

チチチチとメジロがわたりサザンカがチラチラチラとハナビラ散らす

秋陰(しゅういん)に今を盛りと咲きほこる八手(ヤツデ)の白花寒々として

冬桜咲き満つ山に木枯らしの吹き荒びゐてもみじ葉の舞ふ
 (群馬・鬼石町の寒桜満開の報に)

小春日と木枯らし吹く日を綯ひ交ぜに師走せかせか正月目指す

海棠がもみぢ葉おとし開けたる景色に黄いろきイチョウの一樹

冬めきて餌場に群れるスズメらのふくらふくらとめんこいことよ
 (05/01/10 朝日新聞 「歌壇」に入選掲載されました)

枝詰めしハイビスカスは冬篭るガラス戸越しの日差を糧に

錦秋の古都観光終へ訪れし友は語りぬ観光客(ひと)に酔ひしと

<ぎんなん>の旨き苦味を噛みしめる友の笑顔に感謝をしつつ
 (友人から沢山の「ぎんなん」を戴いて)

開け放つ窓より入りくる冬の陽にのりて蒲団を叩く音のす

「寒いわよッ!」外は冷へると凍へる手我に押し付け帰りし妻は

小用と言へども我の排尿は介護保険を一時間(いっとき)使ふ
 (女房が留守の時はヘルパーさんにお願いします)

「生きちょるだけで丸儲け」と朝ドラは。達者ならばと女房はポツリ

幽(しず)けさに耳も冴えつつ白々と夜の明くるころ眠りに落ちし

木枯らしに追はれて帰りつく吾が家冬日を溜めて温もりてゐる

蒼空に横一直線を引きながらジェット機が窓枠飛び出してゆく

もみぢ葉を脱ぎ捨て凛と巨(おほ)欅雄雄しく冬を睨みつつ屹(た)つ

忘れたき事のみ多き年の暮れ《消えゆくもの》をただ惜しむのみ
 (この一年で、立っているのに使う脚の筋肉を失いました)

クリスマスリース外して松飾 惑ひし今年も残すは五日

宅配の若き係りに荷を託しお袋(はは)の声聞くあした待ちゐる

家族皆こぞりて餅を搗きしころ遥かとなりぬ〈パック餅〉手に

黒豆の煮つまりゆく香の漂ひて厨に妻の鼻歌聞こゆ

「ちょっとみて!」次から次と運ばるるお節の味見に我は満腹

商ひを仕舞ひて鎮まる駅前に花屋の煌煌けふは大晦日

災厄(さいやく)の年に幕引く大雪に
             大晦日(みそか)の街は暮れて鎮(しず)まる
  (平成十六年十二月三十一日 東京練馬で五pの積雪となる)



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