日ごと日ごとに2006

ドウダンツツジ が東京でも今年はこんなに彩づきました

一日一首を目標に
私がんてつの身の周りに起こったこと、ALSとの格闘?の模様、
季節の移ろい、世の中の出来事までをも、三十一文字に纏めて、
日記のつもりで短歌らしきものにしています、どうぞ、ご笑読下さい。

この度、私達ALS患者が集まって、現在迄の各々の体験を
岩波書店より 「生きる力」(840円) として、出版しました。
購って下さい、読んで下さい、印税は全額ALS協会へ寄付されます。
(↓はリンクされていません、コピーして下さい)
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/4/0093890.html

06年12月31日(
 一年(ひととせ)を短歌(うた)詠むのみに明け暮れしALS奴の重きに耐へつつ

不可のなくましてや可なぞ在るはずのなき一年(ひととせ)をたゆとふて尽く

寧日(ねいじつ)を重ね重ねて大晦日あすを夢見く一年(ひととせ)迅き

蒼く澄む天(そら)高々と大晦日目映きままに新年(あす)を迎へん

療養という名の暮らしに疲れしも今宵明くれば新春(はる)となるらん

(この一年を振り返れば、結果的には大過無く、と言い切れるように思います。
その証拠に、此処への「短歌」のアップを一日たりとも休まずに出来ました。
不治のALSを背負っての生活でしたが、沢山の方々のお手のお陰で、安穏とした
生活を送る事ができました。ただただ感謝申し上げるのみにございます)
(この一年、ゲストの皆々様には飽きる事なくご訪問戴きまして有難うございました。
相も変らずの稚拙な歌ですが、来年も続いてご笑読下さいますようお願いします。
末筆ながら、迎えられます新年が、素晴らしいものでありますよう、祈念申し上げます)

06年12月30日(土)
 あらがひてあらがひぬきてけふがあるあすみえぬとも今はわれのもの

(ノーコメントとさせて頂きます)

空っ風吹き抜く師走の街に立ち風の往く方を背伸びしつつ見る

06年12月29日(金)
 妻がまた捜しゐるらしケイタイが我の視線のなかに鎮座す

(おっちょこちょいを自認する妻の面目躍如、今日もやってくれました)

06年12月28日(木)
 予報士は不順な初冬を得意気にエルニーニョ現象の所為などと説く

(地球温暖化のみならず、この冬はエルニーニョ現象の影響で日本列島は暖かい冬になりそう、
と予報士さんは得意げでした。当にその通りに推移していますが、一昨日の台風を想わせる嵐と
明けた昨日の20.3度のバカ陽気には驚かされました。確かに、この秋から冬にかけての晴天の
少なさと温さには、云われるまでもなく異変を感じてはいましたが、どうやら年末寒波の襲来で、
冬晴れの凛とした正月を迎えられそうな雲行きとなってきたようです)

06年12月27日(水)
 小夜嵐吹き荒びゆきし朝には澄む空に浮く冬の半月

(昨晩の嵐は、本来の台風を想わせる程の激しいものでした。
雨に風に雷、幸い何の被害も無く通り過ぎていってくれましたが、
明けた今日は、南から吹き込んだ暖かい空気に包まれて20度にもなりました。
青空に浮く昼間の月、感慨深く観賞したものです)

06年12月26日(火)
 師走には師走の顔があるようだ自分を除いた皆々さんには

(皆さんは、年末最後の追い込みに頑張っていらっしゃるのに、私ときては・・・・・)

青写真引くがに妻は年末の行事を大書し腕を捲くりぬ

06年12月25日(月)
 ノロといふオバケに脅え生牡蠣を煮染(にし)め煮染めて吾が腑に落とす

(今年のノロウィルスは異常です。牡蠣好きの私も、流石に生の物には手が出ず、
しっかりと火を入れて戴いています。それにつけても、お気の毒なのは養殖業者さん、
価格暴落どころか出荷停止に追い込まれた処もあるようですね)

06年12月24日(
 我はいま看護師さんの手を離れヘルパーさんへ バトンのごとく

(妻が留守の時には、看護婦さんの一連の看護作業が終わると、
手薬煉引いて待っててくれるヘルパーさんの手に委ねられます)

06年12月23日(土)
 柚子の香を振り撒き妻は洗ひ髪拭きつつ傍(かた)えを冬至の夜半(よは)

(昨晩遅くに風呂から上がった妻が、傍を通った後に柚子の芳しい香りが鼻腔をくすぐりました
夕方でしたが、私も「訪問入浴」で柚子を浮かべてもらって、冬至気分を堪能しましたが、
部屋中が柚子の香りに占拠されて、過ぎたるはなんとやら・・・、を味わうこととなりました。
香りは、そこはかとなく、が宜しいようですね)

06年12月22日(金)
 荷を解けば蝋梅ゆたかに香りきて冬至の斜陽に春を覚えき

(今朝届いた、友人からのお正月用の野菜が入った、ダンボール箱を開けた途端、
えも言われぬ甘酸っぱい香りに包まれました。大きな箱でしたので、何?と構えたんですが、
沢山の黄色い花が着いた「蝋梅」が一枝入っていました。憎い事をやってくれます。
蝋梅は本来冬の今頃咲く花で、梅のように春に向かって咲くものではないんですが、
冬至の陽を受けた花は、その色と言い香りと言い、春を感じるには充分過ぎるものです)

06年12月21日(木)
 茜空を四角に切り取り夕陽をも盗むお主は高層マンション

(19日の夕暮れ時に、久し振りに茜色に染まった空が観られました。
残念ながら西側の視界は8階建てのマンションが四角く遮っていますので、
夕陽はその向こうへ没んで観ることが出来ません。それも、冬は早々と)

06年12月20日(水)
 見飽きない。伸びて縮んで欠伸して洗濯物の影は冬日に

(昨今は、低い冬日が東から西へと足早に移動してゆきます。
それもその筈冬至はあさっての22日ですね。
庭に干してある洗濯物の影が、伸びたり縮んだり、時には風に吹かれて
踊ったりと、ぼんやりと見ていて飽きません)

06年12月19日(火)
 ドスッ!と置くほどのカタログ送りつけ御用は如何?と通信販売は

(一度でも購うと、頼みもしないのに分厚い(時には何冊も)カタログが届くようになります。
大概は見もしないで捨ててしまう運命ですが、現代版の御用聞きとして機能してるようですね)

06年12月18日(月)
 高く澄む師走の空に深呼吸きのふの氷雨を忘れし朝(あした)

(やっとの冬晴れです。昨日の冷たい雨が嘘のように晴れました。
冬型の気圧配置になると東京は晴れ、当たり前の事象ですが、今年の冬は変です。
例年なら11月に入るとこのような晴れの日が飽きるほど続くようになるんですが、
この冬は、赤道近辺で現れたエルニーニョ現象が悪さをしているようですね)

06年12月17日(
 大晦日までの夢見んジャンボ籤 ALS奴に当たりしからには

(ALSの発病率は10万人に一人、一方ジャンボ籤は一等が230万分の一、
と言う事は・・・ですが、ALSに当たるという運?が、若しや残っていればと、
虚しい「夢」であることを百も承知で買ってしまいました。
当たったらですか?勿論ALS撲滅の為の研究に、全額を寄付しますよ!)

06年12月16日(土)
 華やぎてやがて哀しきもみぢ葉の散り敷く路に老妻(つま)と佇む

(散り敷くもみぢ葉に、私共夫婦の人生を、重ねてはみましたが・・・・・。
その実は、老境に入ったいまも病は別としてそれなりに輝いているつもりです)

06年12月15日(金)
 駆け回る師走の音のうしろより静かに歩み来る正月の影

(今年も残すを半月となり、年賀状の受付が始まったりして何となく
忙しなくなってきましたが、泣いても笑ってももう直ぐ正月はやってきます)

06年12月14日(木)
 ホラごらん、道草あるよ、食う事を許されない児童(こ)らに声を掛けたい

(窮屈な世の中になりました。今では、道草どころか監視の下に下校してるようです。
昔は良かった!がつい口を衝いて出ますが、習い事に塾、ゲームにケイタイと
たとえ物騒なことがなくても、道草などは眼中に無く一目散に家へ帰るのでしょう。
道草は自分で見つける遊びですからね、今の子供達には無理な注文でしょうか)

06年12月13日(水)
 逝く<命>生まるる<命>の狭間にてALS(エイエルエス)奴と我の<命>は

(昨日、日本漢字能力検定協会より公募により決定した、「今年の漢字」『命』が
京都の清水寺で発表されました。この一年は、僅かながら増えたという出生率、
なかでも悠仁さまのご誕生という明るいニュースが伝えられましたが、一方では、
交通事故に自殺、中でも許せないのは、人の手により幼い命が断たれるという
目を覆うばかりの「在ってはならない」哀しい出来事が多過ぎました。
明と暗を分けた「命」、「命」とはなんぞや!と考えさせられた一日でした)

06年12月12日(火)
 掻き落とすそばより結露す大窓の外に広がる青空高く

(主治医のご指示で、加湿器を60%に設定して稼動させていますので、
冷え込む朝は、陽が当たるまでの数時間を、結露と戦っています)

06年12月11日(月)
 <天の声>操る手をもつ男らは民の声聴く耳は持たざらん

(官製?談合事件で宮崎県知事らの逮捕劇が)
(またか!、と呆れ果てていますが、この他にも、スースーする首根っこを
マフラーで隠してる御仁がいらっしゃるんじゃあないかと、疑いたくもなります)

06年12月10日(
 どっぷりと「ALS」(エイエルエス)に浸かりきて冷めし諦念を諌むるも我

(どうせ治りっこないよ!という自分と、治りたい!と願う自分が鬩ぎ合いをしています)
(とは言え、近年になって遺伝子の研究が進み、治療に繋がる可能性もでてきたようです。
先の「ALS/MND国際会議」に於いても、そのような研究発表がなされ、動物実験が開始
されたとの事、ですが、人体での治験となると何時の事になりますやらでしょう)

06年12月9日(土)
 街路樹は冬をあしたにぬくぬくとイルミネーションとふコート着て起つ

(今年も、アチコチの街路樹が夜ともなると明るく輝く頃となりました。
昼間の姿は電線でガンジガラメに縛られて、冬眠どころではないように見受けられます。
ノンビリと寒い冬を過ごしたいでしょうに、気の毒としか云いようがありません)

06年12月8日(金)
 つれづれに短歌(うた)詠むいまの幸せを呉れし難病(やまひ)と歩みく我は

(何が幸せだッ!と言うもう一人の私がいますが)

06年12月7日(木)
 アレにアレアレッアレッエ〜となんだっけ笑ひとばしておいらは達者

(困ったものです、特に人名が出てきません。アレアレで話が頓挫してしまいます)

06年12月6日(水)
 我れを追うテレビカメラの向こうには「ALS」(エイエルエス)を視る人ら居る

(今日もカメラ取材を受けました。放送は来年の3月との事ですが、
執拗に迫りくるカメラはどうしても意識してしまいます。沢山の方々が、
私を、ALS患者である私を視て呉れている筈です。啓蒙活動の一環の
つもりで引き受けたことですが、3月の放映が怖くなってきました)

06年12月5日(火)
 ああ無明 どこまでつづくこの闇ぞ空に星なく地にも星なく

(昨今の社会情勢をこんな歌で表現してみました。勿論私自身をも含んでの事です)
(無明・人間がもつ欲望や執着心などの諸煩悩の根本にあるもの)

06年12月4日(月)
 秋はゆき冬はいまだし小春日に日向にまどろむ「師走」をよそに

(お師匠さんも奔り廻る、とまで云われる師走です。
皆さんも忙しない日々をお送りのことと思いますが、私は相変わらずの蟄居生活、
今日などは、無風快晴で暖かく日溜まりに居て思わず居眠りをしてしまいました)

06年12月3日(
 俄(にはか)なる灯点し頃(ひともしころ)に響く鐘<良い子はお家へ帰りましょう>とぞ

(冬の今頃は、子供達の帰宅を促す「夕刻の鐘」が、日暮れ時間に合わせたんでしょう、
4時半になると聞こえてきます。夏の間は5時半ですから、随分と夕暮れが早く
なっています。それも、突然と云う感じですから、子供達も何時までも
遊び呆けて居る訳にはいかない頃となりました)

06年12月2日(土)
 青空に伸びゆく白糸その尖(さき)にキラリと光る機体に魅入らる

(昨晩の冷え込みのせいか、今朝の空の青色は実に素晴らしいものでした。
10時を過ぎた頃でしたが、その空を真っ二つに切り裂くように、一本の飛行機雲が
左から右へと伸びてゆきます、その先に光るものが・・・・・、多分ジャンボ機でしょうが、
あの中に数百名もの人々が乗っていて・・・と考えながら機体が消える迄を見ていました)

06年12月1日(金)
 制服の裾を気にしつつ乙女らは赤脚(せっきゃく)連ね座席に賑やか

(地下鉄大江戸線車内での事、光が丘からの帰りに乗り合わせた、女子高生らの様子です。
それにしてもです、あのスカートの短さに、いったい何の意味があるんでしょうか、
この寒空に太腿まで剥き出しにして。私の頭では理解不可能でただただ呆れるばかりです)
(赤脚・剥き出しの脚、素足)

06年11月30日(木)
 黄金色(こがねいろ)澄む並木路(ぢ)の昼下がり公孫樹の散る音(ね)に耳澄ましをり

(光が丘の「夏の雲公園」へ行って、イチョウの金色にどっぷりと浸かってきました)

06年11月29日(水)
 けふひと日きのふを倣ひて暮れゆくにあすまたけふの倣ひとならむ

(そう云えばこの歌、どっかで聞いたような?、と考えてましたら、昔TBSラジオで聴いていた、
永六輔さんの「今日の話は昨日の続き今日の続きはまた明日」を思い出しました)

06年11月28日(火)
 ゆく秋に別れを告ぐるや初時雨くる冬想ふその冷たきに

(今日もまた、先程から昨日と違う冷たい雨が降り始めました。
予報では「暖冬」とでていますが、本格的な冬はもうそこまできています)

06年11月27日(月)
 地に還ることを良しとす紅葉葉(もみじば)は土塊(つちくれ)色となりて散り敷く

(イチョウに代表される黄色く黄葉する葉以外の紅葉葉は、殆どが盛りを過ぎると、
こげ茶色(枯葉色)になってから散り始めます。若しあれが、一部のモミジ(楓)の
ように美しい紅葉のままに散り敷いたら・・・違った趣があって楽しいでしょうね)

06年11月26日(
 軍門に下る輩の多くして白星十五朝青龍は
優勝の御旗と懸賞鷲掴み悔しく無きや大和男(やまとおのこ)

(大相撲九州場所も、もはや定番とまで云えるほどの、
横綱朝青龍の優勝で、目出度く?千秋楽となりました。
それにしてもです、四大関の誰一人、優勝争いに加われないと云う体たらくには
目を覆うばかりです。活きのいい国産スターが欲しいのは、私一人では無い事と思いますが)

06年11月25日(土)
 蟄居をす望まざれども蟄居をすALS奴(め)に囚はれし吾は

(病気になった者の常套句、「好き好んでなった訳じゃない!」
と言ってみたってせんないことですが、愚痴の一つも零してみたいのが人の常です)

06年11月24日(金)
 秋の日に透きとほりゐる十本の指の向かふの青き広がり

(今日は、久し振りって感じの強い秋の日が射しています。
日にかざした手の指が透き通る程の強い日差しです。
当然空は真っ青、思わず背伸びをしたくなるような・・・・・)

06年11月23日(
 舐むるがに録(と)りゆくレンズに映る吾の顔は語れる療養の日々を

(昨日、NHKのカメラ取材を受けました。在宅療養生活の一部始終を、
との事で朝の7時半から入って13時迄、ベッタリと張り付いての撮影でした。
あと2、3回来るとのことですが、レンズが目の前まで迫ってきては離れるの
繰り返しには、少々閉口しました。情けない姿を世間様に曝す事になりそうですが、
「何がしかのお役に立つ」とのお言葉に、引き受けた次第です)

06年11月22日(水)
 閑古鳥の鳴く音を消して余りある高見盛の入魂パフォーマンス

(大相撲九州場所も今日は11日目、本来ならそろそろ優勝の線が見えてきて
大いに盛り上がる頃ですのに、場内は相変わらず閑古鳥が鳴いています。
国産のスター不在状態が長く、ご当地力士である大関の魁皇と千代大海が
頑張っていますのに、態々場所へ足を運ぶ人が一向に増えない状態が続いています。
独り、高見盛が気を吐いていますが、入場者を増やすまでには到っていません。
一相撲ファンとしては寂しい限りです)

06年11月21日(火)
 ヒヨドリのたか鳴き耳に朝光(あさかげ)の満つるベッドにフッと目を閉づ

(朝早くからヒヨドリが賑やかです。食べごろに熟した蜜柑や金柑を狙ってのことですが、
枝が細く、留まってツッツク事が出来ないための悔し啼きだと思います。
貴重な朝の眠りを破られての一首ですが、フッと落ちる二度寝はこれまた心地の良いものです)

06年11月20日(月)
 狂ひ咲くハイビスカスをリビングへ夏の薫りと共に取り込む

(今頃になってです。夏の間全く咲かなかった鉢植えのハイビスカスが、
ポツリポツリと咲き始めました。いくらなんでも寒かろうと、射し込む
秋の日で温々しているリビングへ昨日取り込みました)

06年11月19日(
 闇に浮く、二の酉に沸く町ひとつ煩悩と笑顔に埋め尽くされて

(年末の風物詩と云われるにはちょっと早い感じですが、この16日が二の酉でした。
東京近県以外の方には馴染みのない行事かと思いますが、東京では11月の酉の日に、
大鳥神社で縁起物を売る「酉の市」が開かれます。「おかめの面」を中心に置いた熊手に、
商売繁盛の願いを籠めて各自が自宅その他に飾る訳ですが、夜中の0時に始まる頃には
境内はおろか周辺までもが人の波で埋まる程です。不景気な年ほど人出が多いと云われて
いますが、好景気を云われている今年も、沢山の善男善女で埋め尽くされたと報じていました)

06年11月18日(土)
 凩(こがらし)に背なを押されて訪ひこしに公孫樹並木は緑々(あをあを)とゐる

(待望?の木枯らし1号が吹きましたので、もう黄葉してるだろうと行って見ましたが、
相変わらずの緑です。地球温暖化の影響か、紅葉するのが一週間以上
遅れているようですが、大きな街灯に一晩中照らされて夜が無い
状態にいるのも影響しているのかもしれません)

06年11月17日(金)
 苦しゅうない熱き酒持て。身は病むとも五臓六腑は息災なるぞ

(燗酒が美味しい季節となりました。習慣とは怖いもので、
発病して既に8年を経過した今も晩酌を止める事が出来ません。
ドクターストップが掛からない事をいいことに、200cc程を戴いています)

06年11月16日(木)
 身ひとつを焼かれし秋刀魚は食卓に食はるる宿命(さだめ)を知るや知らずや

(大海に生きる魚たちにとっての食物連鎖は、自然の摂理でしょうが、人間様に食われよう
などとは思っても居なかった筈です。人間は動植物の「命」を糧として生きてる訳ですが、
決して食われることはありませんね。だから、だから人間は殺し合いをするんでしょうか)

06年11月15日(水)
 暁(あかとき)を視界の隅にとどめおきまどろみにつつヘルパーを待つ

(時々ですが、私にとってはとんでもない時間に目覚めてしまい、
ヘルパーさんが来てくれる8時迄を、イジイジと待つ事があります。
昨朝も6時過ぎに目が覚めてしまい、ウトウトしては時計を
見るを繰り返しながら8時を待ちました)

06年11月14日(火)
 勝ち馬はハズレ馬券の降るなかをいつものやうに曳かれてゆきぬ

(勝って(1着)も負けても、競走馬自身には何のご褒美も無い事は分かり切った
ことですが、一喜一憂する人間共を尻目に悠然と曳かれてゆきます。
一方、人間社会では、勝ち組とか負け組みとかって喧しいことですが)

06年11月13日(月)
 まるでもうインフルエンザに罹りしやうワクチン射ちし朝の辛し

(例年どおりに射ちましたが、今年の流行予測は未だに出ていないようです。
流行するであろうと予測される型を混合したワクチンが、病院へ届くんだ
そうですが、一種の賭けのようなものですね。バッチリと合いますように!)

06年11月12日(
 夕映えを束の間見せて秋の日は寂(しず)かな眠りにコトンと落ちぬ

(日暮れが日を追って早くなっています。それも突然という感じで訪れます)

06年11月11日(土)
 芒野をカンバスにして木枯らしはさながら波立つ湖(うみ)を描きゐる

(健常にいた95年11月に見た、箱根仙石原の想い出し詠みです。
当日は強く冷たい北風が吹いていて、広大なススキ野原全体が波打って、
まるで荒れ狂う湖の水面を観ているようでした。三脚が揺れる程の強く冷たい風に
耐えられず、早々と退散しましたので、写真はスナップ程度のものしか遺っていません)

06年11月10日(金)
 蕎麦の香には少々うるさい我なれど「松茸茶漬け」には騙されて食ふ

(30年間を蕎麦と格闘していた私にとって、その香りは命とも言えるものでしたので、
決して疎かにはしないものでしたが、「松茸茶漬け」と「松茸吸い物」を口にする時は、
この香りは本物だと自分に言い聞かせて「美味しく」食べています。
それにしてもあの香り、人工的に合成されたものでしょうに、実にリアルですね)

06年11月9日(木)
 整然たる皇居を窓より見おろしつつ騒ぐ胸抱き開廷を待つ

(東京地方裁判所の12階から見下ろすと、箱庭のように整然とした皇居が
秋の陽に映えて見事です。盆栽のように刈り込んだ松の数々、
蟻のように小さく見える人々の群れ、オモチャのような車が右往左往
してるのに騒音は全く聞こえてきません。
昨日は快晴のおまけつきで青い空が特に印象的でしたが、開廷するまでの
ひと時を、落ち着かない自分をなだめながら過ごしていました)

06年11月8日(水)
 南より吹きあぐ風の柔らかく額に汗す立冬なる日に

(昨日の東京は、日本海の低気圧に向かって強い南の風が吹き込んだせいで、
あと一息で夏日という24.9度を記録したようです。折りしも今日は立冬でしたのに、
風の当たらない日溜りにいると汗ばむ程でした。
庭の水浴び場ではスズメらが一際賑やかに水浴びを楽しんでいました)

立冬と知る筈もなくスズメらは小春日溜まる池に水浴ぶ

06年11月7日(火)
 目交(まなか)ひに彼(あ)の日の紅葉を想ひつつ今は病の床にたゆたふ

(リビングを昔(もう昔になってしまいました)撮った写真で飾っていますが、今は当然紅葉です。
たった一枚の写真から、その時の様子が想い出されしばしを遊びます)
「アルバムのページ」の 秋・紅葉 をご覧下さい

06年11月6日(月)
涙するただ涙する七五三詣での孫娘(まご)を娘に重ね

嬉しくてちょいと寂しき七五三晴れ着に微笑む写真を前に
 
(この3日、大船渡に住む7歳と3歳の孫娘が、二人揃って七五三のお祝いをしました。
残念ながら行って祝ってやる事はできませんでしたが、デジカメで撮ったという写真を
早速送ってくれましたので、それを見ながらの二首です。
歳の所為だけでなく病気も手伝ってるんだそうですが、涙腺の緩みようは
当に病的です。親バカ、プラス 爺バカぶりをお笑いください)

06年11月5日(
 皮剥かれ種も抜かれしマスカットは病む吾の口に静と入りこぬ

(贅沢なことです。皮も種も除いたものを、口に運んで貰って食べるんですから)

06年11月4日(土)
 黙々とマニュアルこなすヘルパーに病む身を預くロボットのやうに

(寡黙を地でゆくヘルパーさん。黙々と仕事をこなしてくれるのは嬉しいんですが、
お願いしても返事なしでの作業は、何となく空気が重く感じられて辛いものがあります。
私の手となり足となって働いてくれるんですから、口は必要ない、
と云われればそれまでですが、コミュニケーション的には如何なものかと。
当然こちらも口をきかなくなりますので余計です)

06年11月3日(金)
 鉢に根を張るミカン樹は鉢なりの背丈となりて小ミカン生らす

我れは汝をずっと見ていた花が咲き実が着きミカンに生るけふまでを

(60cmの鉢に植えてあるミカンですが、剪定は一切してませんのに、
徒長することなく、かと云っていじけることもなく、鉢の大きさに合わせる
かのように育って、今年は小さいながら50個もの実を着けました。
おまけにこれが美味しいんです。ヒヨドリが狙うのも肯けるというものです)

06年11月2日(木)
 だっこって!おおおおお前のママだって涙いっぱいためて抱きついてたぞ

(孫娘のアルバムにある、泣きながらママに手を伸ばしてる写真を見ててこんな歌ができました。
「だっこって」は孫娘がよく口にする言葉で「抱っこして」です。娘もこれと同じで、目に涙を
いっぱい溜めて、あっこって!といいながら、ママや私の懐へ飛び込んできたものです。
歴史は繰り返される?はちょっと大袈裟でした)

06年11月1日(水)
 ストーブに火入れる程ではないけれど背(せな)を丸めて朝刊を読む

(日中はともかく朝晩の冷え方はジッとしてると寒ささえ感じる頃となりました。
かと言ってストーブを焚く程ではないし・・・中途半端は困ります)

06年10月31日(火)
 秋蝶のわたる姿のせはしなし来むこがらしに追はるるがごと

(秋真っ盛りではありますが、飛んでくる蝶の種類も減って、少〜し寂しくなってきました。
蜂は庭の壁際に巣くってる奴が、日盛りだけ飛び出してきて大騒ぎをしていますが)

06年10月30日(月)
 止め処なく「進行」しゆくも人らみな屈託もなく「元気そうだね」

(久し振りにお会いする方皆さんの第一声は、申し合わせたように「元気そうだね」。
お返しする言葉を歌に詠みました。相変わらずの嘆き節ですが)

元気です!確かに元気ではありますが総身は自(し)が意に従ひませぬ

06年10月29日(
 いらいらと<痛い>を我慢す<痛いよ!>の吐けなくなる日に備ふるために

(近い、いやいや遠いかもしれませんが、将来きっとくるであろう、
言葉を失う時を想うと・・・・・辛いものがありますが)

06年10月28日(土)
 痛風の疑ひもたれし吾が妻は白飯新香を糧とし息災

(足首から足の甲にかけて時々攣るという症状に耐えかねて、この度整形外科を受診した妻に、
「痛風でしょう、血液と尿の検査をします」とその場で採取され帰ってきました。153a41`、
およそ贅肉と云われるようなものは身に着けていない妻の何処を診てかと、首を傾げたものです
結果はシロと出ましたが、白いご飯にお新香さえあれば幸せという妻の面目躍如。
最終診断は血行障害、とビタミン剤を処方されて服み始めました。30年間の立ち仕事の
無理が、このような形で出てきたものと、それを強いた私の責任と反省しています)

06年10月27日(金)
 メジロらの来ぬ庭寂し去年の秋ならばサザンカ咲き満ちをらむに

(私が住むマンションの管理組合よりの命令で、庭の「植え込み」を撤去して以来
メジロが来なくなりました。去年の秋はサザンカの蜜を求めて今頃から来てたんですが。
代わりに、沢山生ってるミカンと蜂蜜で誘ってみようと考えています)

06年10月26日(木)
 治療なす術無き吾が身を凛と置き医師の目凝視(みつ)む明日を読まむと

(月一回、定期の診察時に、先生に掛けて頂く言葉は「どうですか?」一通りの診察が
終わると「いいですね!」。そうです、私のタイプはゆっくりと進行するもののようで、
未だに?球麻痺症状(嚥下、舌萎縮、等)が出てこないという恵まれたものです。
でも、治して下さい!、とは、何時も心の中で叫び続けています)

06年10月25日(水)
 その季(とき)を待たずに枝打つ輩らに黄葉(もみぢ)の美につき教へ遣りたし

(昨日、目の前の小学校舎の側(上の写真参照)に在る、公孫樹の大木6本の枝が
剪り落とされてしまいました。真っ直ぐに伸びた幹に、50センチ程の枝が所々に遺こるのみ。
剪る理由が何であるかは知る由もありませんが、紅葉を目前にしての蛮行に呆れるばかりです。
こんなのをお役所仕事って云うんでしょうが、残念!の一言です)

06年10月24日(火)
 諍ひを〈メール>で交はすに疲れ果て誘ひに乗りし自分を叱る

(ある会合に出席した後で、乞われた「感想文」を、「本音」を交えて提出しました
事から始まったバトルが、一週間も続きました。初参加を見込まれての事だった
ようですが、初参加だからこそ見える部分が目立ちまして、そのままを「感想」と
して提出したのが、お気に触ったようでした。私の血液型がどうのこうのと云って
きたところで、ギブアップしましたが、未だに割り切れないものを引き摺っています)

06年10月23日(月)
 学舎(まなびや)の窓に並びて学童のニコニコ顔は何を見てゐる

(目の前の小学校舎での事です。時々ですがこのような様子が見られます。
廊下の窓の高さは丁度こちらの目線と同じですが、子供たちの目線は
私等を通り越して遠い処を見ているようです。ズラーっと並んだ学童の
笑顔が見ている先にはいったい何が在るんでしょうか)

06年10月22日(
 現在(いま)まさかパチンコ屋さんの客寄せに遣われてること<ひばり>は知るまい

(当たり前の事ですが、今の私はパチンコの類は一切遣りません、と言うより出来ません。
現在、パチンコ屋のテレビコマーシャルに、かっての「美空ひばり」さんが駆り出されています。
なんでも、パチンコ機に組み込まれていて折にふれ出てくるんだそうですが、
当然ご当人は知る由もありません。
きっと今頃は、あの賑やかなパチンコ屋で「煩いわねぇ」などと云ってるものと思います)

06年10月21日(土)
 病葉の散り敷く道をそぞろゆく明春の桜花(はな)に想ひ遣りつつ

(私が私の身の周りで見た限りですが、桜の樹が大変なことになっています。
ポツポツと無数の虫食い穴が開いた葉が、酷いところではほぼ散り切ってさえいます。
一頃アメリカシロヒトリの大発生で、葉脈だけになった桜を見たことはありますが、
今回のはそれとは明らかに違います。果たしてこれで、来春の花は咲くのでしょうか心配です)

06年10月20日(金)
 珍しく電話の向こうで弱音吐く母よ貴女は未だ未だ卒寿

(戦後の混乱期に、女手一つで私共三兄弟を育ててくれた母も、
遂に90歳の大台に乗りました。つい最近迄、敬老会へ行くのを拒否する程、
元気で気丈な母ですが、この度白内障の手術を前にして、発熱で体調が悪い
とこぼしていました。励まし、応援歌のつもりで詠んだ歌です)

06年10月19日(木)
 お裾分けの男爵芋を蒸して食ぶ山畑育ちにバターを添へて

(実家の山畑で採れた物ですが、と男爵芋を戴きました。
ラップをしてチン!ほっかほかにバターを添えて戴きましたが、
大変美味しゅうございました)

06年10月18日(水)
 けふひと日をスケジュールどほりに暮らしきて残すは一つ「オシッコ採って!」

(私の生活は、夜間のみベッドに8時間、残りの16時間を椅子に座って過ごしています。
ヘルパーさんにお願いしてる関係で、朝8時の起床に始まって夜のベッドイン迄が
時間を区切ってプログラム化されています。従って24時のベッドイン前の
排尿が今日最後の作業となります。)

06年10月17日(火)
 この闇に何を探すや目を凝らす空に星なく地にも星なく

(この歌から何かを感じ取って戴ければ・・・と思います)

06年10月16日(月)
 耕すを何処で見てゐしスズメらよ種蒔く間も無く砂浴び始め

(プランターの土を耕して蕎麦の種を蒔きましたが、乾くのを待ってました!
とばかりにスズメが砂浴びを始めて台無しにしてしまいました)

06年10月15日(
 何であれ全てを措いて駆けつけさせる電話よ!お主は何様?

(断りも無しに、突然人様の家へリンリンと跳び込んでくる電話。
実に無礼な奴ですが、まさか出ない分けにもゆかず、
大概の人は受話器に手を伸ばしますね)

06年10月14日(土)
 町角の小(ち)さき八百屋が秋を売る里に実りし小さな秋を

(梨、りんご、柿、栗、松茸まで加わって、八百屋さんの店先は賑やかです。
この歌は9月初めに詠んだものです。ちょいと手抜きをしました)

06年10月13日(金)
 ズルズルと犬(ゴールデンレトリバー)に曳かれる<奥様>に車椅子より会釈をおくる

(車椅子を押して貰っての散歩途中ですれ違った、ゴールデンレトリバーと奥様の様子に、
思わず笑顔の会釈をおくってしまいました。普段はこんな事はないそうですが、
大型犬ですからその力の強い事、大変な勢いで引っ張っていきます。キチンとした
身形の奥様が懸命に声をかけるんですが一向に止める気配がありません。
余程何か、家へ早く帰りたい事でも思い出したんでしょうか?
利口で温和しく人の云う事を良く利く犬だそうですが)

06年10月12日(木)
 輪を掛けて秋を実感させ呉れぬ柿一つに加へ真青(まさを)な空が

(艶やかな柿を見て秋の訪れを知るところとなりましたが、今朝の抜けるように
澄み亘った空が、それに輪を掛けて秋を実感させてくれました)

06年10月11日(水)
 丸ノ内線は粋だよ時折は地上に出でて<東京>を観せ呉る

(東京メトロ丸ノ内線です。池袋を出てしばらく行くと、地上、それも高架を走ったりして、
思わぬ<東京見物>をさせてくれます)

06年10月10日(火)
 <♪盆のよう>と歌はれしこと幾年月今宵の空に黄金(こがね)のそれが

身を削るほどに逢瀬を待ちゐしや秋雨晴れし十六夜の月

星影のまばたく空に寝待月君の肩抱き佇むしばし

(今晩の月は、月齢19で、寝待月とよぶんだそうですね。
寝て待ってる頃に出てくるからだそうですが、昔の人のこの遊び心は当を得て
実に巧みですね。東京は晴れています、きっと見事な月が望めることでしょう)

06年10月9日(
 秋雨前線(ぜんせん)に台風めもが加勢して<ウンドウカイ>を雨に流しき

(折角練習をイッパイしたのに、図書館行きになったの、と孫から電話がありました)

06年10月8日(
 歩むこと放棄せし吾のおみ足は不貞腐るるや靴をば拒否す

(歩かないんですから、その必要も無いとは思いますが、
車椅子に乗って外出する際は、格好がつかん!と靴を履いて出掛けます。
ところが、これが大変!浮腫みで二つも三つもサイズが大きくなってしまい、
買い換えてきた三つ目の靴も、文字通り窮靴になってしまいました)

06年10月7日(土)
 初雪を頂く秀峰富士なれば秋色にじむ山麓(ふもと)の美しき

(甲府地方気象台が、今日7日に富士山で初冠雪を観測した、と発表しました。
平年より6日遅く、昨年より4日早いそうです。
NHKテレビのニュースで、空からの映像を放送しましたのでご覧になった方も多いと思います。
ほんの一瞬でしたが、麓一帯が秋色を帯びている様子が見てとれました)

06年10月6日(金)
 毬栗(いがぐり)と薄(ススキ)二本にお団子を添へ雨音に耳澄ます宵

掌を合はす事さえ叶はぬ我れなれど今宵の満月(つき)に難病(やまい)の治癒を

月なれば今宵出で来よ満ち満ちてふくよかなる汝(な)を待ちて酒酌む

(本来ならば、今宵は中秋の名月のはずですが、残念ながら東京は秋雨前線の影響で、
朝から激しい雨に強い風迄加わって惨々たる嵐模様となりました。
煌々と輝く月を期待して歌を詠みましたが・・・・・)

06年10月5日(木)
 季(とき)ならぬ蒸し暑き夜に<失敗した!>といふ湯豆腐をハフハフと食ぶ

(昨晩の夕食です。失敗しちゃった!、と妻が湯豆腐鍋をセットしています。
何が?に、だって、こんなに蒸し暑くなっちゃったのに、鍋じゃあねぇ〜、と。
確かに夜に入ってから急に蒸し暑さを感じてはいました。
下ごしらえが出来てたので、だったそうです)
(でも、ポン酢で戴くお豆腐と、一塩のタラは大変美味しゅうございました。(スリスリ!)

06年10月4日(水)
 西日背に学童行列声もなく引き摺り行くは<けふ>の疲れか

(運動着姿の児童の列が、先生の先導で「静かに」歩いて行きます。
光が丘公園でのことですが、はしゃいで、遊んで、疲れきったんでしょうか、
余りにもお行儀が良くって、ちょっと違和感がありました)

06年10月3日(火)
 そんな事ある筈が無い!と怒り湧く再現ドラマぞ 吾が身に照らせど

(くだらない!>(飽くまでも私見です)再現ドラマを観てしまいました。
面白可笑しくオーバーにドラマ化したものでしょうが、余りの事にバカバカしいと、
チャンネルを変えてしまいましたが、若し自分が・・・・・と。でも、矢張り、ある筈無い!でした)

06年10月2日(月)
 退屈な日々こそ待たる<ALS>背負ふ暮らしにけふも疲れて

(ALSを引き摺っての生活は、何かと忙しいものです。介護プログラムに沿っての日々、
自分の身体を自分で動かす事の出来ない生活は、ポカ〜ンと何にもしない時間さえ、
人様の手をお借りしなければセットできません。出来たとしても2時間がやっと、
とても「退屈」などといえる心情にはなれません。健常であれば「退屈な日々」
さえ自分で作り出せるものに、との思いを詠んだつもりです。
鬱陶しい秋雨のせいでしょうか、少々ナーバスになっています)

06年10月1日(
 稲に米、イチョウにギンナン 稔る秋 蕎麦屋の息子がトマトを作る

(稲作で収穫するのは「お米」、銀杏樹に稔るのはギンナン。
ちょっと不思議なネーミングですが、蕎麦屋の息子が、トマト作りに
励むのも不思議?、じゃないですね。変な歌でご免なさい!<m(__)m>)

06年9月30日(土)
 法師蝉とチチロの声が聞こえつつ彩(いろ)づき初めし樹林に佇む

(久し振りの「散歩」で、またまた「光が丘公園」へ行って来ました。
鬱蒼とした森では、ゆく夏を惜しむかのように、ツクツクボウシが鳴き、
同時に「吾が世の秋」とばかりに集くコウロギの声を聴く事ができました。
紅葉が始まった樹も点在してて、秋を目でも確認できましたが、特に、銀杏並木には
ギンナンが鈴生りになっている樹が数本在って、熟した実が強い風を待ってるようでした。
吹く風が頬に心地良かったことは言うまでもありません)

06年9月29日(金)
 写メールに稲刈る孫娘(まご)の笑顔あり少年期の吾は汗に塗れしに

(小1の孫娘が、稲刈りをしたよ!とニコニコ顔の写真をメールで送ってきました。
「いっちょまえ」の身支度をして、実に楽しそうです。私が故郷出雲で中学生の頃に、
祖父に追い立てられるように手伝った時は、多分イヤイヤ顔だったろうと思い出しました。
田植え、草取り、稲刈りと、全てが手作業で、腰を曲げての重労働、刈り取った稲束の、
ズシリとくる重みは今でも背中に覚えています。孫娘のこの経験はいい肥やしになると思います)

06年9月28日(木)
 虫かごにひと世を鳴きし鈴虫を葬(はぶ)りしけふは雨に冷たき

(最後まで頑張っていたメスが、とうとう昨日死んでしまいました。
鳴き声が割れるようになった頃から、一つ死に二つ死にしてましたが、
遂にその声さえも聞こえなくなっていました。早速、カゴの中を掃除して、
冬眠をさせるための手入れをしました。今年は雌が少なく、どれだけの卵を
遺してくれたか不明ですが、来年が楽しみです)

06年9月27日(水)
 <美しい国>を目指すと新リーダーぶっ壊されずも模糊とす国を

(自民党を「ぶっ壊す!」と息巻いた小泉さんの後は、<美しい国>を創る、
と言う安倍さんが引継ぎました。<美しい国>とは何ぞや?。見る人、聞く人に
よって色々でしょうが、実に曖昧模糊とした、キャッチフレーズ?です。
でも言わんとしている事は、何となく解るような?)
(尚、日本の責任政党である自民党を、ぶっ壊す、とまで云った小泉元総理でしたが、
その勢いで日本を壊される事もなく、このほど目出度く引退されました)

06年9月26日(火)
 秋の日よ何ゆゑそこまで暮れ急ぐ!なづむ間もなくポトンと墜ちて

(日ごとに秋が深まっています。日暮れが随分と早くなりました。
釣瓶落としとは良く云ったもので、突然って感じで暗くなってしまいます。
晴れてる日ですと、余計にその感じが強いようですね)

06年9月25日(月)
 お持たせの<秋>を賞でつつひとときを尽きぬ話の尽きぬがままに

(知人ご夫妻が、<秋>を携えて私を激励しようと来てくれました。
秋を演出した弁当に、松茸の土瓶蒸し、フルーツは柿と梨、デザートは
栗をあしらった和菓子と当にフルコースです。来宅が久し振りでしたので、
積もる話に花が咲いての約5時間、居ながらにして<秋>を満喫できたのは勿論ですが、
心憎いまでの気遣いに、言葉では言い表せないほどの感激を覚えたものです)

06年9月24日(
 代参を妻に託してお中日 彼岸と言いへどこの秋晴れよ

(昨日は彼岸の中日、土曜日と祭日が重なって、大規模な霊園の周囲は、
お墓参りの車で大渋滞してると報じていました。昔から「腐れ彼岸」とかいって、
天気の悪い日が多いんですが、今年はどうしたものか、素晴らしい秋晴れ
となりました。健常だった頃は必ずお中日に、5ヶ所のお寺や霊園をお参り
ツアーと称して巡っていましたが、それも、今となっては叶わず、
親父のお墓参りに行くという女房に、私の思いも頼みました)

06年9月23日(
 ひと房の巨峰に指紋の残りゐて友が丹精思ひてをりぬ

(山梨で果樹農家を経営している知人から、二房の葡萄が贈られてきました。
果皮は白いワックスで被われていますので、ハッキリとそれと分かる
指紋がついています。切り採る時か、箱に詰める時に付いたんだと
思いますが、まるで知人の自信に満ちた署名のように見えました)

06年9月22日(金)
 優しさはサービスですと手を添える。ギャラ貰うのでとヘルパーさんは

(熱心に私を看て呉れるヘルパーさん、優しさはサービスですよ、とニコニコしてます。
さぞ旦那さんには?と質問しましたら、
とんでもない!彼はギャラを呉れませんからね、ですって)

06年9月21日(木)
 空の青 雲 風 日差しに日脚までぜ〜んぶ揃ってきょうはもう秋

(きのうのつづきです)

06年9月20日(水)
 何もここまで 晴れわたること なきものを吾は病院へ行くだけのこと

(素晴らしい秋晴れです。昨日の晴れは午前中で終わってしまい、
夕方には雨さえパラつきましたのに、今日の空には、雲一つ無く真っ青です。
久し振りの外出とは言え、病院行きには勿体無いほどの好天気となりました。
私の為にとまでは云いませんが、空気が乾いてた所為か実に爽やかな一日でした。
但し、病院行きは、約5時間を車椅子に拘束されての難行苦行でした)

06年9月19日(火)
 長雨の晴れし朝(あした)の空ゆくはヒツジだったりウロコだったり

(久しぶりに晴れました。空には、ひつじ雲にウロコ雲、すじ雲も出たりして、
気温は高いんですが、秋を想わせるに充分です)

06年9月18日(
 晩年かはたまた老後か知る由のなき今を生く病と共に

(敬老の日は、ご老人を敬愛し長寿を祝う日。だと言いますのにこんな歌でご免なさい。
晩年には、何となく輝いたものが見えたりしますが、老後となると・・・。
人生の終わり方によって、人それぞれだとは思いますが)

06年9月17日(
 少子化だの高齢化だのと姦しく耳を塞ぎて老後を吾は生く

(毎年、あっちへ行ったりこっちへ来たりの敬老の日、未だに馴染めませんが、
今年は明日ですね。その敬老の日を意識して詠みました。
老後、ちょっと嫌な響きをもつ言葉ですが、辞書によりますと、「年をとったのち」とあります。
実に曖昧模糊としていますが、要するに本人が老いたと自認した時が老後?の
始まりではないかと・・・。そう言います私は齢68、健常でさえあれば「老い」
などとは絶対言いませんし言わせない自信がありましたが、今となっては
違った意味での老後生活だと自認しております)

06年9月16日(土)
 一輪挿しグラスに踊るは吾が刺されし憎っくき蚊奴のボウフラどもなり

(驚くべき繁殖力です。小さなヨーグルトの瓶を、一輪挿しとして洗面所に置いていますが
、何とその水にボウフラが8匹踊ってるのを見つけました。よしよし!観察してやろう、
とラップでピッタリと蓋って一週間。案の定、サナギとなり、蚊となって空間を飛び回って
今は死にました。多分、さんざん喰われた(動けませんので、どうぞご自由に状態です)
縞っ蚊だと思いますが、驚きです)

06年9月15日(金)
 朝(あした)には咲かん朝顔口むすび夜露ふくみてその刻(とき)を待つ

(放ったらかしにしてある朝顔ですが、今年も今頃になって小さな青い花を咲かせています。
10年近く前に植えたもの(その後放ったらかし)が、種を落として、咲いての繰り返しで、
すっかり原種帰りをしてしまったようです。直径が4cm程にしか咲きませんが、
しっかりと朝顔の顔をしています)

06年9月14日(木)
 <爽やか>を独り占めせし祐樹君未熟を自認し早大に学ぶと

(今時珍しい、<爽やか>と持て囃される青年(正確には少年)が現れました。
(夏の甲子園、高校野球選手権大会優勝校・早稲田実業投手・斉藤祐樹君)
青いハンカチから始まったことですが、甲子園で魅せた投球術を、未熟だから
と称して早稲田大学への進学を発表しました。記者会見終了後に席を後にする際、
自分は勿論同席された方の椅子をも元に戻して退席するという、マナーの好さをも
披露してくれました。来春からの六大学野球が楽しみにはなりましたが、プロで
活躍する姿が5年後でなければ観られないのかと思うと、ちょっと寂しい気もします)

06年9月13日(水)
 をとつひのあのカミナリが秋招(よ)びぬ けふもシトシト冷たき雨が

(一昨日の明け方でした。激しい雷の音に目を覚まし、同じく激しい雨音に
耳をそばだて、部屋中を明るくするほどのイナビカリに怯えながら、暫しを
過ごしましたが、どうやらアレが、夏の終わりを告げる号砲だったようです。
昨日から下がり始めた気温が、現在は20度やっと、昨日から降り続く
冷たい雨がいまも止み間なく、どんよりとした低い空から落ちています。
お彼岸を前にして、東京は一気に秋の長雨の季節を迎えたようです)

06年9月12日(火)
 臥しをれば涙に熱き胸もとよ熱きがままに乾かぬままに

(ノーコメントとさせて頂きます)

06年9月11日(月)
 向日葵は実入るがままに俯きて秋の稔りを詫びるがごとし

(稔って頭を垂れるのは稲に限ったことではないようでして、我が家のヒマワリも、
完全に下を向いています。稔りを、ご免なさい と詫びる筈はないんですが、
実(種)が雨に当たらないようにするには、下を向くのが理に適ってるんだと思います)

06年9月10日(
 病床の眠り浅くて薄闇に聴くスズムシと長夜を遊ぶ

(鳴き始めてから既に1ヶ月以上になりますが、相変わらず賑やかに
涼やかな声を聴かせてくれています。去年と違って、今年はどうしたものか
メスの数が圧倒的に少なくて、逆ハーレム状態ですので、オスが
相手探しに躍起になっているものと思われます)

06年9月9日(土)
 不治難病背負ふ辛さを由とせず個性を活きると強がる我は

(障害は個性だ!と、何方かが仰いました。そうかなあ〜?が正直なところでしたが、
 近頃ではそういう考え方もいいのかな〜?と思うように努めてはいます。
がしかし、私の個性は日々進行して劣化してゆきますので厄介です)

06年9月8日(金)
 蒸し暑き真夜に追はるる夢見るや烏とつぜんけたたましく鳴く

(目の前の、銀杏の樹を塒にしているらしいカラスが、昨晩の1時過ぎに、
突然ケタタマシイ声で啼き叫びました。銀杏の大木ですしこの時間ですと
既に天敵(人)は寝ているでしょうし、きっと昼間に悪さをして、
その天敵に追われた事を夢にでも見てたんだと思います)

06年9月7日(木)
 夕陰に頬を染めゐて酔芙蓉そよ吹く風によぢる身悩まし

(いま酔芙蓉があちらこちらで見頃となっています。朝、白く咲いたときは
清純ささえ想わせる花ですのに、時間を追うごとにピンク色を帯びてきて、
夕方から夜にかけてさらに赤くなり,翌朝にはしぼんでしまう一日花です。
 何方が名付けられたかは知りませんが、言い得て妙、酒飲みの顔がだんだん
赤くなってくることに例えて,「酔う芙蓉」ということからつけられたそうですが)

06年9月6日(水)
 秋雨にけむる朝(あした)に秋篠の宮家に誕生親王殿下!

(本日、秋篠宮家に親王殿下が誕生しました。東京・南麻布の愛育病院で
元気な産声を上げたのは、皇室では秋篠宮さま以来41年ぶりとなる男のお子さまでした。
報道によりますと「列島は待ち望んだ「慶事」への喜びに包まれた」とのことです)

06年9月5日(火)
 全身を耳にし聴きをり厨辺に妻が独語の耳に痛きを

(ちょっとした諍いの後に、「自分をなだめてる」と言う私に聞こえる程の独り言。
大事に至らないように、との自分なりの解決方法だと思いますが、聴く方の
私にとっては耳に痛い事ばかりで、正直穏やかではありません。
私の中では、聞き流す事が一番と決めていますが・・・)

06年9月4日(月)
 ガラス戸を貫き射し込む初秋(はつあき)の日光満ちてリビング暑し

(今日の東京は昨日に続いて朝からカンカン照りでした。夏の盛りはとっくに過ぎて、
空も風も日の光にも秋を感じるようになりましたが、夏の名残の強い日差しが
部屋へ射し込んで、瞬く間に室温が上がってしまいました。今のところは
風が無く、開けても同じと言うことで、クーラーの出番となりました)

06年9月3日(
 酔ふほどに熱く語りぬ年金を減らさるる政治を変へようとまで

(昨日は、ミニ同窓会と称して近隣在住の友人が、去る8月16日の本番同窓会の
土産話を持って集まってくれました。当日の模様は写真付きで披露してくれましたが、
酔うほどに話題が発展して政治問題にまで、とどのつまりは既に貰ってる年金問題です。
現に年金を糧として生活してる身、この春の増税(結果)で出費が増えたにもかかわらずの
減額は、政府を変えなければ、とまでに発展してジーエンド。熱く語り合った6時間でした)

06年9月2日(土)
 ワッショイ!と祭囃子とお神輿とお神酒にわが町ひとつに浮かれ

(昨晩は氷川神社の宵宮、近所の「神酒所」からのお囃子が控え目な音で聞こ
えていましたが、今日と明日は「お神輿」が繰り出して一段と賑やかになります。
子供神輿も二基加わりますので、町ぐるみで文字通りのお祭り騒ぎとなります)

門ごとの祭り提灯涼風に揺るる道ゆくお囃子を背に

06年9月1日(金)
 夏肥りせずしてましてや夏痩せもせずに九月の声を聞きたり

(こちら東京は昨日とは打って変わっての雨模様でした。九月の声を聞いた
ばかりですのに、気温も低く一気に秋が訪れたようです。まさかこのまま
とは思いませんが、どうやら無事?に夏を越す事が出来ました)

(私は医師より、一日の摂取カロリーを1200`に抑えるように、
との指導を受けています。目的は勿論肥らない事、1200`摂れば
痩せる事はないものの、食べ過ぎると肥満?に繋がるのでとのことで、
致し方なくですが、目分量で一日に食べる量を決めています。
その結果が、増えもせず、減りもせずの62kgの体重を維持しています)

06年8月31日(木)
 なんとなくなんとなくだよこの風には秋のにおいがついているよな

(と言うようなことを、ふと口にしたくなるような、今日の風です。
珍しく晴れて、朝の内はすじ雲さえ見えていましたが、今はカンカン照りです。
でも、リビングを吹きぬける風がサラッとしてて、ウ〜ン!秋だなあ〜と)

06年8月30日(水)
 外にセミ内にスズムシ聴く朝より残暑にうだる八月晦日

(朝からセミとスズムシの大合唱です。外はどんよりとして蒸し暑く今にも
雨が落ちてきそうな雲行きですが、リビングではスズムシが吾が世の春
とばかりに謳っています。8月も、残すを二日となりましたが、東京は
カンカン照りの日が数えるほどしか無く、不完全燃焼?なままに
今年の夏は終わってしまいそうです)

06年8月29日(火)
 「一生に一度でいいから着てみたい」真紅のドレスを纏ひて妻は

(遂に念願が叶いました、と言っても妻のですが。
この度、真っ赤なロングドレスを着てのカラオケデビューを果たしました。
前夜から、着ては脱ぎ、脱いでは着ての大騒ぎ、それで歌はどうだった?に、
ドレスを皆んなに褒められたよ!
果たして、彼女は何の大会に出場したのだろうか?、と頭を捻るばかりです)

06年8月28日(月)
 望遠のレンズでググ〜ンと引き寄せし十八番グリーンに赤トンボ飛び交ふ

(昨日行われた福岡での「アンダーアーマーKBCオーガスタゴルフトーナメント」でのひとコマです。
勿論、テレビでの観戦ですが、カメラがパッティンググリーンをアップにしますと、
緑をバックに沢山の赤トンボが飛び交ったり横切ったりしていました。時折でしたが
ハッキリと赤が見て取れましたので、そろそろ平地へ移動を始める頃かも知れません。
秋は確実に近づいてきているようですね)

06年8月27日(
 今朝もまた児らの命の消えにきとキャスターは告ぐ父の顔もて

(いったいどうしたというんでしょうか。明けても暮れても子供さんに関する事件事故の
オンパレードです。この度も3人のお子さんが、酔っ払った22歳の運転手に
車ごと川へ突き落とされて、貴重な命を亡くしました。事あるごとに、
こんな事があってはいけません、とは言いますが、一向に減る
様子はありません。遺されたお父さんお母さんのこれからを
思う時、胸が張り裂けるような想いに駆られるのは私だけでしょうか)

06年8月26日(土)
 臥すゆゑに郵便開く気も失せぬ 介護費支払ひ請求書の山

(ケイタイとかメールとかにすっかりその役を奪われた感のある、郵便です。
今では、私信(手紙、ハガキ)の類は殆どと言っていいほど来なくなりました、
寂しい限りですが自分だって出さないんですから、当たり前と言えば当たり前です。
替わって届くのは、公私の請求書や振り込め!請求書(各種の税)の類、うんざりですが
無視するわけにはいきません。中でも介護関係は、介護事業所2ヶ所に、入浴サービス
介護機器借り入れ2ヶ所、訪問リハビリ、と計6ヶ所から毎月来ますので対応に大童です
但し、時折ですが年金の支払い通知なるものが届きますが、こちらは大歓迎です)

06年8月25日(金)
 優しき目好奇の目にも見送られ電車を降りる車椅子ごと

(ヘルパーさんの手をお借りして電車を使って外出してきました。
電車への乗り降りは、駅員さんが設置してくれるスロープを利用して
スムースではありますが、ちょっと時間が掛かりますので、
その間、乗客の皆さんの目がこちらに集中します。後ろ向きに
降りますので、目が合ったりしてなんとも極まりの悪いものです)

06年8月24日(木)
 <頑張れ!>と励まし呉れし君いづこ「癌」宣告に背をまるめゐて

(カラオケを通しての友人が、この程「癌」の告知を受けました。
食道と胃の繋ぎ目?で手術が難しい部位との事で、暫くは抗癌剤
その他で様子をみる事になった、と酷く落ち込んだ様子で話してくれました。
私が発病してからというもの、事あるごとに、頑張れよ!と励まして
呉れていましたのに立場が逆転してしまいました。負けるなよ!)

06年8月23日(水)
 黙々と我を看呉るるヘルパーの流せる汗に難儀さ見たり

(私の介護をなさって下さるヘルパーさん、皆さん大汗です。
全員女性で私と比べると小柄ですので、62`を動かしたりするのは、
さぞや大変な事だろうと思いますが、それに気遣いまでもが加わって
大汗になるんだろうと思います。いつもながらのお疲れさん、そして、有難う!)

06年8月22日(火)
 スズムシは電気仕掛けかクーラーの入り切りにより鳴いたり止めたり

(立秋を過ぎたとは言え、現実には厳しい暑さが続いていますのに、
我が家のスズムシ君は至って元気。クーラーが作る「秋」に反応して、
鳴いたり止めたり、朝晩は別として、日中でも27度設定にしますと、暫くして
鳴き始めます。どこかの子供さんが言ったという、死んだカブトムシを見て
「電池が切れた!」には驚き!ですが、自然に近い環境を人工的に
作ってやることで、充分楽しませて呉れることも事実です)

06年8月21日(月)
 いっこのたった一個の白球に目も身も心も奪はるる夏

(甲子園の昨日の決勝戦は、15回1対1の引き分け再試合となりました。
これが若さとでも言うんでしょうか、斉藤、田中両ピッチャーによる意地の投げ合い、
良くぞ良くぞと、両チームに優勝旗をと思いますが、そうはいかずの再戦です)

(3連覇か初優勝か、と固唾を呑んで見守りましたが、結果は早稲田実業の優勝。
前半は乱打戦が多く、観る者にとっては面白い試合でしたが、当のピッチャーに
とっては受難の展開となりました。何でも来年からは、「飛ばないボール」の採用が
決まったと報じています。そんな中、決勝戦の両君は見事でした。勝っても負けても
涙はつきもの、若いっていいですねえ、いいものを観せて貰いました)

06年8月20日(
 清拭に剥かれし太腿クーラーの風にたまげてトリハダ立てり

(清拭で濡れた肌を、クーラーからの冷たい風が撫でていくと、
途端に「鳥肌」が立ちます。急激な放熱を防ぐ自己防衛本能が
働くんだそうですが、実に良く出来ています)

06年8月19日(土)
 静寂(しづか)ねと妻の声して、かへすウン。時刻む音(ね)に包まるる夜半

(孫一家4人が、夏休みを終えて岩手へ帰ってしまいましたので、元の二人っきりの
生活に戻りました。元々我が家は側を電車が奔り、幹線道路も走ってるんですが、
夜ともなると不思議なほどの静寂に包まれます)

06年8月18日(金)
 修繕のきかぬ五体を前に医師「お若いですね」と血圧診つつ

(先生もお辛いだろうなと、決して 治して呉れ、などとは言いませんが、
「グチ」らしき事は時間の許す限り聞いて貰っています。下が100丁度の
数値を診ながらの、お若い証拠ですよ、に?でしたが、白衣症候群
とでも仰りたかったのだと解釈しました)
(ここに詠む私の「五体」とは・首を含む胴体と両の手足4本をいいます)

06年8月17日(木)
 さぁ行くぞ!身障手帳に健保証、診察券に顔パス引っ提げ

(月一の病院行きです。私の外出には、欠く事の許されない必携品を
並べてみました。尤も「顔パス」だけは忘れようがありませんが)

病院を後に白雨の止む路を青空映す水溜り避けつつ

(4時10分、診察が終わって外へ出たら、青空に白い雲が鮮やかでした。
雨が降ってるのは入ってくる患者さんの様子で分かってはいましたが、
私が帰るのを知ってるかのように止んでくれたようです)

06年8月16日(水)
 故郷はお盆にありて想ふとき念仏踊りの鉦の音(ね)聞こゆ

(お盆の15日、故郷出雲の須佐神社では、念仏踊り が奉納されます。
子供の頃、この後行われる「花倒し」と共に、胸を躍らせて観ていたものです。
真夏の、それも真昼間に行われれますが、軽快ともいえる独特のリズム、
♪カ〜ンカ〜ンド〜ヤ♪カ〜ンカ〜ンド〜ヤ♪
に引き込まれ夢中になったのを覚えています)

「花倒し」:神事花(宮花)
孟宗竹を1.5a幅、長さを下段330a上段を240aに切り揃え、
赤と白の紙で作った桜の造花を各々11個と9個を等間隔に貼り付け、
7m程のの芯柱(竹製)に35本を下段に28本を上段に放射状に差込み、
最上部には金銀赤の飾り花(直径30a)を15本つけたものです。
これを若者が、掌や肩で回したり躍らせたりした後に頃合を見計らって
「倒し」ます、と同時に見守っていた観客が、先を競って奪い合うという寸法です。
何でも、神仏の宿った花を、田畑の角に差しておくと「虫除け」のご利益が
あるとの言い伝えで、今でも近郷近在の人々がお参りに訪れるようです。


06年8月15日(火)
 球児らは甲子園とふ戦場に何を想ひて黙祷を奉ぐ

(甲子園では、終戦記念日の今日正午、例年どおりに先の戦争の「戦没者」に
対して黙祷が奉げられました。平和をつくづく有難いと想う一瞬です)

殺戮も破壊もなさずに球児らは「平和」を糧に戦いてをり

06年8月14日(月)
 スワッ!テロ!か入道雲の沸き立ちぬ帝都を襲ひし大停電が

(朝の7時38分、東京都と東京近隣の数都市が大規模停電に見舞われました。
幸い私の住む練馬区は、送電経路が別だったようで事無きを得ましたが、テレビの
テロップに、停電、交通機関混乱と出て、原因については報じていません。つい先頃、
イギリスで起こった液体爆弾によるテロ未遂事件が報じられ、日本でも、空港等で厳重な
警戒が行われているのを知ってましたので、若しや?と思わず身構えてしまいました。

皆さん既にご存知のとおり、原因は、旧江戸川を跨ぐ27万5千ボルトの高圧送電線に
浚渫船のクレーンが接触した為の停電だったようです。電気の無い都市ほど無力な
ものはありません、全てが電気を動力にしてると言っても過言ではありませんが、
ビルにお住まいの女性が、水道も電気で届く事を初めて知りました、とテレビ
ニュースで語ってましたが、将来予想される自然災害に備える
意味に於いても、啓蒙運動の必要性を感じるものです)

06年8月13日(
 ミ〜ンミンミ〜ンミンミンミ〜ンミ〜と夕凪ぎの森をゆさぶりてをり

(こんもりとした公園の森一つが、セミたちの大合唱に振動しているようです。
地上に出てから、一週間とも10日とも言われていますが、自分の遺伝子を後世に
遺さんがためのいじらしいまでの努力、それにしても凄まじい迄の鳴き声ですね)

06年8月12日(土)
 目に映る景色一瞬オレンジに染めてカミナリ バシッ!と落ちぬ

(2時少し前でした、私の近辺を突然激しい雷雨が襲い、一瞬でしたが停電もして
パソコンの電源も落ちてしまいました。一瞬でしたので事無きを得ましたが、
直ぐにプラグを抜いて、音も雨も止むまでを落雷から避難していました。
都内では落雷の被害で、一時交通機関が不通状態となったようです。
雨の量はさほどではありませんでしたが、カミナリは、この歳までに一度も経験
したことのないほどの激しいもので、すぐ目の前30mの道路にも落ちました。あの音と
オレンジ色の輝きには驚きました。周りは背の高い物だらけですのに、不思議です)

06年8月11日(金)
 秋立つも吹く風夏をそのままにミンミンゼミの声を運びく

(度々のご訪問有難うございます。酷い暑さが続いていますが、
如何お過ごしでしょうか、お見舞い申し上げます。
どうぞご自愛下さいますように)

06年8月10日(木)
 お天道さまを避けつつゆく妻は<お肌の敵が嫌ひなだけよ!>

(昔の人はよく言ってました、「お天道様に顔向け出来ない」と、別に裏道を歩かなければ
ならないような事は無い筈の、善良?なる一市民の女房ですが、お日さんを極端に嫌います。
庭へ出るときでも重装備、私を連れての外出ともなればそれに輪をかけた上に、
徹底的な日陰歩き、車椅子を押してですから大変です。何でも、日焼けが元で
出来るシミが、定着して取れなくなって、シミだらけになるんだそうです)

06年8月9日(水)
 スズムシのおそるおそるの初鳴きを立秋の日に耳澄まし聴く

(スズムシの初鳴きです。今年はどうした事か、「立秋」のきのうの朝にもう鳴きました。
去年は25日だったので、まさかと耳を疑ったんですが、紛れもなくズズムシの声でした。
但し、その音はやっとそれと気が付くようなもので、居合わせた3人が顔を見合わせて、
鳴いた?でした。今日になって、もう立派に鳴いていますが、外は台風の余波で
雨こそ止みましたが酷い蒸し暑さとなって、とうてい秋を想わせるものではありません)

06年8月8日(火)
 始めよう始めなさい!に未だなの!とママの口調はうなぎのぼりに

(一年生にとって初めての夏休みの一日は、慣れない宿題との格闘から始まります。
お母さんの「時間だよ、始めよう」が聞こえてからしばし、始まるまでが大変です)

宿題に取り組む姉は一年生 じゃまッ!する二才の妹(いも)を叱りつ

06年8月7日(月)
 睥睨するビルの灯りを逃ぐるごと引くカーテンに日向の匂ひ

(我が家では、隣のマンションの灯りが点き始めると、カーテンを引く習慣が
いつの間にかできてしまいました。8階建てですので夜になると部屋の中は
丸見えです、見られて都合の悪い事は何も無いんですが、落ち着けないこと
この上なしです。立秋を明日に控えて、窓からの日射しは日毎に長くなりつつ
あります。カーテンがお日様をたっぷりと浴びるようになって、昨夕、カーテンを
引きながらの女房が、日向の匂いがする、と口にしていました)

06年8月6日(
 夏富士を踏みしめ眼下の雲海に巨(おほ)き影富士の雄姿を見たり

今現在、このホームページ中の
「富士登山日記」を読んでくださった、
長野在住で還暦を目前にした女性が
富士登山に挑戦中です。ネットサーフィン
してたらたまたま行き当たったとかでメールを
くれました。私の経験を参考にしたいとの事でしたので
3.4通のメールで、体験から得た事をお話しました。何でも
身近の方々が挑戦なさって未だに何方も頂上に立たれたことが
無いとかで、何が何でもとの事でした。登山は全くの初心者と、私の
時とほぼ同じ条件ですので祈るような気持ちで、今ドキドキしながら嬉しい
知らせを待っています。私の初登山と違って、彼女はツアーでの挑戦、心配した
天候は期待したとおりの「梅雨明け10日」の好天に恵まれて順調に登ってることでしょう。
(今晩は八合目の山小屋泊り、の筈)この分だと影富士だって見る事ができるだろうと、想いを
馳せてこの歌を詠みました。富士山に取り付いて足元に踏みしめると、富士の壮大な全体像を
見ることはできませんが、その影の広大さを眼下にすることができる富士登山の感慨は一入です

06年8月5日(土)
 <お母さん!>ジャナイデショ!オバアチャンデショ!確かに妻はお前のバーバ

(つい口癖で、女房をお母さんと呼んでしまいますが、
間髪を入れずに2才の孫娘から、歌のようなご指摘を頂きます)

06年8月4日(金)
 逃げ回る女孫を撮りしババちゃんはカメラといっしょッ!電池切れしと

(デジカメを手に、逃げ回る孫娘(2才)を追っかけてたおばあちゃんが、
「電池が切れてもう撮れない、私も電池切れかなぁ〜疲れちゃった、ふぅ〜」。
結果は、九割強がピンボケとブレの失敗作でした)

06年8月3日(木)
 ああ枕 水も畳もそば殻もビーズもダメだ かくて朝となる

(寝かされたが最後、自分では頭を動かすことが出来ませんので、この暑さでは枕に
熱が篭ってしまい安眠できません。水枕は揺れて、畳枕は硬く、そば殻は沈んで、
最後はビーズにしましたが硬くて接触部分が痛くなって駄目。実をいいますと、
「新素材を使った理想的な安眠枕」との謳い文句を信じて1万円もする物を
買ったんですが、動けないでジッとしてると段々と沈んでいって熱か篭ってしまい、
数時間使っただけで放棄してしまいました。現在はビーズの枕の硬さを調節して使って
いますが、これとて2時間が限度でその都度動かして貰って何とか寝ています。
結論を言いますと、枕じゃあなくて、動かせない頭に原因があるようですが、こればかりは・・・)

06年8月2日(水)
 丸ひと日目と口に耳をももがれたりネットの故障にパソコン奪はれ

(私のプロバイダーは「OCN」ですが、昨日の朝9時過ぎから、インターネットは勿論、
メールも繋がらなくなって途方にくれてしまいました。会社へ電話をしても繋がらず、
やっと繋がったと思ったら「暫くお待ち下さい」の繰り返し。1時間10分待ってやっと
聞いた言葉が「故障です、復帰の目途はついていません」とのつれない返事。
そこで出したのが息子へのSOS、電話での指示どおりにやってみたら、24時少し
前になって見事に復活、さすが〜!と持ち上げておいて眠りに就きました。
それにしても、パソコンが外部と繋がらなくなった時のあの不安感、しっかりと、
私の生活の一部どころかかなりの部分を占めている事を思い知らされました)

パソコンを手にしてこのかた吾が息子を流石と煽てる事の多かり

06年8月1日(火)
 心なし声の湿りて夕蝉の梅雨に生(あ)れしを悔やみて鳴くや

(梅雨が明けてしまいました <ここは敢えて、しまいました、です> ので
ピントがずれた歌になってしまいましたが、雲に被われ日も差さない
蒸し暑いだけの夏では、蝉の鳴き声にもいまひとつ元気がありません)

06年7月31日(月)
 梅雨が明け途端に沸き立つ入道雲「待ってましたッ!」と大向こうから



(昨日、例年よりも10日遅れで関東甲信地方の梅雨が明けたと気象庁より発表されました。
待ちに待った本格的な夏の訪れです。早速入道雲が夏空を演出してくれましたが、
ジメジメと鬱陶しさ100%の本格的だった梅雨らしい梅雨からの脱出かと思うと、
きょうの「夏の暑さ」は心地よいものにさえ感じられます)

06年7月30日(
 川波が茜に染まる隅田川屋形舟ゆく影絵のやうに



(昨晩は隅田川の川開き、2万発もの花火が2ヶ所の会場から打ち上げられました。
100万とも200万とも言われる程の人々が、会場は勿論、周囲のビルの窓や
屋上から直接観たと報じています。屋形船で隅田川の川風に吹かれながら、
お酒を片手に花火を賞でる、なんとも贅沢な遊びですね)

屋形舟祭囃子も賑やかに隅田川ゆく花火を賞でつつ

06年7月29日(土)
 <行くからネッ!>電話の向こうで弾む声受話器を飛び出し爺の耳まで

(岩手に住む3歳の孫娘からの電話です。いきなりの <行くからねッ!>、
大きな弾んだ声が傍にいた私にも聞こえてきました。予定を二日早めて明日
来るとの電話、どうしても自分が掛けるときかないんだとかでの第一声だったようです。
どこまで事情が分かってのことかは不明ですが、なんとも可愛い奴です。
明日からの2週間強、暑い東京の夏を楽しんでほしいものです)

06年7月28日(金)
 いまは未だ赤くはないが<赤トンボ>物干し竿に翅(はね)を休める

(7月頃水辺で羽化した<赤トンボ>(アキアカネ)が、
いま盛んに山地へと移動しています。途中、我が庭にも
立ち寄って休んで?ゆく者もいますが、赤トンボといえども
何処にも赤い色は見えません。涼しい山地で夏を過ごし秋口になると
本来の<赤トンボ(雄)>となって、繁殖の為平地の水辺へと帰ってきます)

06年7月27日(木)
 空きゐしに気付けば満員人垣と車椅子ごと電車に揺らる

(夕方5時過ぎに、車椅子で山手線に乗るという暴挙をやってしまいました。
乗車した「東京駅」では、スペースに余裕があってホッとしたのも束の間、
日暮里を過ぎた頃にはギュウギュウ詰め、周りをびっしりと人垣に囲まれて
外の様子は全く見えなくなりました。
皆さん!お勤め帰りでお疲れでしょうに、ほんとうにご免なさい <m(__)m>
今後はラッシュ時は避けるよう心掛けます)

06年7月26日(水)
 四方(よも)天地萬緑映えて吹く風も梅雨にはあらず<光が丘>に

(晴れました!西の方では梅雨明け宣言が発表された所もあるようですが、
東京は未だのままに、夏空となりました。気温も32度と本格的な夏の到来かと
喜び勇んでの散歩です。残念ながら明日はまた梅雨空に戻るようですが、
束の間とは言え「光が丘公園」の光、緑、風は家の中に篭りっきりの
私のとって最高の贈り物でリフレッシュすることができました)

06年7月25日(火)
 梅雨明けのないまま秋になる筈はないサと雨中に夏服を購う

(外出用と言いましてもせいぜい病院か散歩、それも座ってるだけですから
何だっていいんだよと言うんですが、皆さんの注目の的になるんですからと、
薄手のTシャツを買ってくれました。(もう夏物バーゲンが始まってるようです。)
東京は、雨も日差しもが例年の3分の一程度と、酷い梅雨にどっぷり状態で、
本格的な夏の到来はどうやらもう少し先の事になりそうです。
こうなったらジタバタしてもと、腹を据えることとしました)

06年7月24日(月)
 ITも株も無縁でウサギ小屋をあとにし並ぶジャンボ籤売り場

(聞くところによりますと、経済的(所得)格差が顕著になりつつあるようです。
ホリエモンに代表される人々が公開する膨大な数字を見る限り納得です。
そこで、私のような底辺の人間の考える事は・・・・・。悩むところですが、
買わなければ絶対に当たらないよ、との、何方かの教えを忠実に守って
買い続けていますが、未だ「宝くじの女神」は微笑んでくれません。
ALSは10万分の一、ジャンボ籤の一等は230万分の一、
この数字を見る限り、当たらなくて当たり前ですね)

(ところで、皆さんは宝くじをお買いになりますか?折角の夢を壊すようで恐縮ですが。
発売された宝くじが、全部売れずに残るだろう事は現実に当たり前としてあります。
従って、その中に高額の当選番号が含まれている事も想像に値する事と思います。
極端な事を言いますと、殆どが残ったものの中に有ることだって考えられますね、
この事実?を一切公表しないところに胡散臭いところが垣間見えます。
とは言え、所詮「夢」です、例え返還率が40数パーセントであろうとも、
庶民は「夢」を求めて買い続けることと思います、私を含めて)

06年7月23日(
 肩で衝(つ)く妻の吐息が静寂に澱みて重し気まづき夜半は

(昨晩遅く、ちょっとした事からの諍い、気まずいままに朝を迎えました。
今頃お相手は、「カラオケ大会」で、大声出してストレスを
発散してる事と思いますが・・・・・)

06年7月22日(土)
 梅雨さかり雨雲重く垂れ込めて土用の宵もうすもの羽織る

(この一週間の東京は、当に梅雨寒でした。
雨も降って日差しが殆ど無い日が続きました。昨日
辺りから本来の蒸し暑さが戻りつつありますが、曇天は相変わらず、
夏の土用に入ったというのに週間予報にお日様マークは有りません)

06年7月21日(金)
 濁流に呑まれし故郷(ふるさと)暗澹とテレビニュースにただ見るばかり

(我が故郷出雲地方が、この度の豪雨により多大な被害を蒙ったようです。
電話が繋がらなかったり、避難されたりで詳細が分からない状態でしたが、
昨日になってやっと連絡がとれ、全員無事との嬉しい知らせを受けました。
酷い所は床上までの浸水被害だったようです。聴くところによりますと、
上流のダムからの放流が、被害を大きくしたと専らの噂のようです。
今後詳細な調査が為される事と思いますが、ほんとうにお気の毒なことです。
テレビでは濁流に呑まれた3人さんの報道に終始して、全体像が分からず随分と
イライラさせられました。テレビで見る風景は、私にとっては何処もが目に焼き付いていて
思い出いっぱいの処、一日も早い復興を願うのみです)

06年7月20日(木)
 古ぼけし片目の達磨が十数年鎮座す願掛叶はぬままに

(もう昔になってしまいましたが、初詣に行ったお寺で、今となっては「夢のような事」を
祈願して「達磨」を購いました。片目を入れて10数年、願いは叶わぬままに、
お焚きあげの機会を逸して、そのままの状態に鎮座なさっています。
願いとは何か?ですって、それだけはご容赦願います)

06年7月19日(水)
 この惨状を幾たび見れば梅雨は明く濁流渦巻き土砂に埋まるを

(各地で、梅雨末期の大雨が降り続いています。洪水に土砂崩れ、貴重な財産のみならず、
取り返しのつかない人命をも奪っていると報じています。行政は、百年に一度クラスの
大災害を予測して対策をとっているようですが、残念ながら毎年のように日本列島の
何処かで悲惨な災害が繰り返されているのが現状です。
気象庁は、梅雨明けは8月にずれ込むでしょうと発表しました。
せめて暴れないで、温和しくあって欲しいものですね)

06年7月18日(火)
 食卓からパソコン、トイレ、ベッドへと四画(よんかく)移動しけふのお仕舞ひ

(正確には、ベッドから洗面所→食卓→トイレ→パソコン→食卓→パソコン→
食卓→パソコン→ベッドへとなり、これが私の一日の行動の基本パターンです。
と言いましても、自分では動けず全てをヘルパーさんの手によるものです)

06年7月17日(
 泡生(あ)れて消ゆる池の面睡蓮の花凛と立ち天へ開ける

(お昼前頃に降った大粒の雨が作る泡は、梅干ぐらいの大きさで、
池一面に立っては消え立っては消えと、暫しを楽しませてくれました)
(水は循環用のポンプを使って濾過していますが、どうしても植物性のプランクトンは
発生します。睡蓮を一鉢と布袋草を入れてますが追いつきません。底にヘドロなどは
溜まってませんので、ガスによる泡ではなく、大粒の雨が水面を叩いて出来るもの
だと思います。睡蓮の花は今日最後の一輪が咲きました)

池の面に白雨激しく音を立て泡沫(うたかた)さかんに生れては消ゆ

06年7月16日(
 蒸し風呂のやうな街中逃れきてホッと息つく待合室に

(地下鉄を降りエレベーターで地上に出た途端、むっとした、まるで蒸し風呂の中に
飛び込んだような熱気に包まれました。病院までの道のりは約10分、車椅子に
乗ってるだけの私が、ブワッーと噴くほどに汗を掻いたんですから、押してる女房は
云うまでもありません。病院へ飛び込んだ時の清涼感は、屋根までもがガラス張りで、
開放感いっぱいの秋を想わすようなものでした)

診察を終へて後にす病院の涼気振り切り酷暑の街へ

(自動ドアーをくぐって外に出た途端、ムッとするような熱気の中へ。
院内の涼しい空気を振り切って、外へ出るのには勇気がいります)

06年7月15日(土)
 返信に病欠無念!と書き投函 同窓会は他人事(ひとごと)となる

(故郷出雲の中学を卒業し、別々の道を歩み始めてから50数年、
この度、「第3回同窓会」開催の案内が届きました。
車椅子での長距離移動に泊りがけとなると、複数のヘルパーさんを
お願いしなければとても無理で、今回は残念ながらの欠席となりました)

06年7月14日(金)
 衆人の目に囲まれて化粧なす女を見る間に下車駅に着く

(病院行きで利用した地下鉄車内での事です。若い女性がお化粧をする姿を
沢山の乗客と一緒に見てしまいました。17.8分間、私が都庁前で降りる迄ずっとです。
化粧道具一式を駆使してのまるでショーです。浅草だったと思いますが、芸者さんの
「お化粧ショー」は、「はとバス」のコースで見学出来ると聞いてますが、衆人監視の
電車内でとはほんとに驚きです。話には聞いてましたが、凄い時代になったものです。
因みに私は、隣の車両からガラス越しに横姿をずっと見せられていました)

06年7月13日(木)
 子スズメは羽を震はせ餌をねだる術を駆使して親鳥(おや)に擦り寄る

(いま野鳥たちがさかんに子育てをしています。我が家の庭にも、
スズメ、シジュウカラ、カワラヒワが雛を連れてきて餌を与えています。
三種の中でもスズメだけが、両の羽を少し開いて小刻みに震わせながら、
親鳥に擦り寄っていき嘴を大きく開けて餌をねだっています。持って生まれた
本能がやってることでしょうが、その姿たるや実に愛らしいものです)

06年7月12日(水)
 茫漠たる夜空にひとり満月が暑さにうだる街を照らせる

(10日(月)深夜の満月は、不思議な程に晴れ渡った空に、煌々と
輝いてまるで秋のそれのようでした。日中は、どん曇りで蒸し暑く、
梅雨を絵に描いたような一日でしたのに、その雲が嘘のように晴れて
まるで「中秋の名月」を見ているようでした)

06年7月11日(火)
大船渡生まれの岩牡蠣すすり込む娘一家の住む町胸に

(大船渡に住む娘から、「ウニ、アワビ、カキ祭り」で食べたカキが美味しかったのでと、
生の岩牡蠣6粒を贈ってくれました。夏が旬の岩牡蠣は、2.3度築地市場で仕入れて
食べたことはありますが、この度の岩牡蠣の「旨さ」は別格で、思わずう〜んと唸る
ほどの美味しさをもっていました。驚いたことに、我が女房殿が「美味しい!」
を連発して、3粒をペロリと食べてしまったことです。牡蠣鍋をしても、
小粒のものを二つも食べればご馳走さんと言う人がです)
(旨かったの話だけでご免なさい)

06年7月10日(月)
働けず動けず臥す吾に千二百(`i)限度に食めと医師のつれなし

(この度の定期診療(家庭医の)で、ポコンと膨らんだ私のお腹を診ての診断は「食べ過ぎ!」
主治医は「気にするな!抑えると病気の進行を早める」と。保健所の保健士さんの指導は
「1,500`i迄」、正直困っています。幾らなんでも一日1,200では・・・・・。
とりあえず好きなビールを・・止めないで、350cc缶一本を戴きながら様子をみることとしました
(実にいじましい努力です・独白)
(成人男性の一日の「基礎代謝」で消費されるエネルギーは約1000〜1500`カロリーで、
体を動かさなくても脳を遣えば消費されるし、食物を噛むだけでもかなりの量が消費されるとか
因みに、成人男性の平均的カロリー消費量は・2500`カロリーと言われています )

06年7月9日(
開かれし夏富士凛とまなうらに描きてにらむ 靡(なび)け梅雨雲

(今年の富士山も、7月1日に山開き祭が行われて、登山シーズンに入ったようですが、
開幕初日から梅雨雲に遮られてご来光を拝むことが出来なかったようです。
一方、下界から仰ぎ見る富士山も、梅雨どっぷりの昨今では、当然厚い雲に隠れて
見ることが出来ません。晴れていれば、あの辺りに絶対在るはず・・・と)

06年7月8日(土)
梅雨重し空も青葉もため息も肌に纏(まつ)はる夕闇はなほ

(今年の梅雨はおお真面目です。雨の量こそ少ないんですが、
実に鬱陶しい日々が続いています。梅雨の面目躍如です)

06年7月7日(金)
「賞味」とは味はひながら食べること「期限」切れしと棄てる愚かよ
 
(この「賞味期限」という言葉を、違う意味に理解してらっしゃる方が以外に多いように
見受けられますが、辞書を引いてみましたら、「味わいながら食べること」とありました。
この「賞味期限」は「美味しく食べられる期限」と「安全に食べられる期限」を示していると
私は理解していますが、実情は刺身等の生物は別として、殆どが全く問題無く、
美味しく、そして安全に食べられる状態にあると思われます。
どうも巷では、「食べられる期限」と理解してる方が多いように思いますが如何でしょうか。
毎日毎日、それこそ目を蓋いたくなるような量の食品が廃棄処分されていると聞きますが、
戦後の苦しい時代を経験した私には、「もったいない」 としか言いようがありません)

06年7月6日(木)
おばあちゃんと電話で話してる三才の女孫の笑顔が写メールで届く
 
(娘からの電話を受けて、ひとしきり話をしてた女房の声の調子が突然変わりました。
3才になる孫娘が、受話器を横取りしておばあちゃんと話し始めたようです。
それにしても便利な世の中になりましたね、娘が、その様子をケイタイに撮って、
私のパソコンへ「電話中の○○です」と送りつけてきました。まるでテレビ電話のように、
孫娘の笑顔を見ながら話ができるなんて夢をみてるようです)

06年7月5日(水)
薄闇の寝間に目覚めて聞く音は夜なべに弾く妻の算盤
 
(源泉所得税の納期が迫ってきましたので、女房が帳簿の整理を始めました。
昼間は気が散って間違えたりするからと、私が寝静まった後の夜中にやってるようで、
パチパチと算盤を弾く音がリビング方面から聞こえてきました)

06年7月4日(火)
「ありがとう!」わづか五文字の言の葉に託せる思ひの伝はるや いつ?
 
(私の生活に<有難う>は欠かせません。と言うよりは私の生活全てが「有難う」に
収束されます。言うは易しといいますが、蕎麦屋を商ってた頃の「有難う」と、
今のそれとの違いを、しみじみと噛み締める毎日です)

06年7月3日(月)
泳ぐ技いかに得しにや池の面を毛虫がひとつ渡りて行きぬ
 
(キャー!という女房の金きり声の元は、たった一匹の毛虫でした。粗忽者の毛虫が、
ミカンの樹から池に落ちたようで悠々と水面を歩いてる?のを見ての悲鳴でした。
ネコジャラシを小さくして赤っぽい色をつけたような、ちょいと気味の悪い毛虫でしたが、
それよりも、女房のカナキリ声の方がよっぽど近所迷惑なことでした。
それにして、自然に生きる野生動物の処世術、見事なものと感心しきりです)

06年7月2日(
抗ふも三歩進みて二歩退がる吾(あ)に棲む病は止まるを知らぬ

(限りなく進みゆく病状をこのように詠んでみました。云わば嘆き節です)
ALSは進行性の難病です、稀には進行が止まる方もいらっしゃるようですが、
私の場合は、ゆっくりではありますが悪化し続けています。三歩進んで二歩退って、も、
結局は一歩進んだことになります。病に負けてはならぬと、気持ちだけは丈夫に
いますが、時にはこの歌のように愚痴のひとつもこぼしたくなったりします)

06年7月1日(土)
ジーコといふ敗軍の将が日本を去る母国語以外を話さぬままに

(W杯で日本代表を指揮したジーコ監督です。先日、日本を後にしましたが、
最後の会見で、体力云々を言ってました。敗軍の将、兵を語らず、と言いますが
日本人の私としては一番聞きたくなかった言葉で、そんな事は最初から分かってた事です。
序でながら、もう一つ言わせて頂きますと。
ジーコ監督は、選手時代を含めると15年もの間、日本に滞在していながら、
マスコミの前では「日本語」を遣わなかったようで、少なくとも私は一度も聞かずに
終わりました。選手との交流ではどうだったんでしょうか疑問です)

06年6月30日(金)
去年(こぞ)の秋産みつけられし鈴虫は世代を継(つな)ぐ孵化を始めし

(去年の秋、沢山の卵を遺して死んでいった鈴虫の子供達が、6月初め頃から孵化を
始め動き回るようになりました。その数たるや、それこそ佃煮にできそうなほどです。
知り合いの方から戴いて3年目、孫の世代と言う事ですが、とても女房一人では
世話が仕切れないという事で、お里帰りやら、友人知人に引き受けて貰いました。
遺伝的にどうかと心配しましたが、取り敢えず孵化だけはしてくれました)

産声もあげず孵化せし鈴虫の数多蠢く六月十日

06年6月29日(木)
娘らの転居先なる大船渡の名物届く<かもめの玉子>
 
(岩手県に住む娘一家が「お父さん」の転勤により、大船渡へ転居しました。
早速、かの有名な<かもめの玉子>を贈ってくれましたので、タイミング良く
訪問されたお客さんと一緒に美味しく戴きました)
<かもめの玉子>・鴎の卵を模したお菓子です)

06年6月28日(水)
枕辺に朝の涼風取り込みて夢のつづきを見むと目を閉づ
 
(蒸し暑い日が続いています、今日の東京はこの夏初の30度、真夏日となりました。
昨晩、といいますか夜がすっかり明けて、明るくなってた頃です。暑いなあ〜と
思いながら寝てたようですが、女房が開け放った窓から入り込んできた、
涼しい風にホッとしたようでまた眠りに落ちたようです)

06年6月27日(火)
父の日に妻より贈られしパジャマ着る「私の好み」といふお仕着せを
 
(夜も暑くなってきましたので、パジャマも夏バージョンにと、新しい物を着せられました。
買って来た時に、これ父の日のプレゼントよ!を上の空で聞いていたようで、
これ新品だけどどうしたの?と訊いて怒られました)

06年6月26日(月)
蕎麦店の親父を退きて七年余梅雨の湿りはいよいよ辛し
 
(自分の手で蕎麦が打てなくなって、もう7年余り。口だけは未だに達者ですが、
椅子に身柄を預ける生活では、梅雨の鬱陶しさは何倍にも感じます)

06年6月25日(
歩くこと立つことさへも忘れしに靴を履かされ車椅子に座る

(外を、自分の足で歩いた最後の日は03.3.6でした。あれから3年余り、
外出は車椅子に乗せられてですが、どうしたものか、靴を履かされます)

履きなれし靴の数々前にして取って置こうか捨てちまおうか

(健常な頃愛用していた靴が、履かないままに下駄箱その他に仕舞ってあります。
もう二度と履く事はないとは解っているんですが、未だに捨てる勇気がでません)

06年6月24日(土)
無造作に投げ入れられし<鉄線>の紫薫る気高けきまでに


(二番花、それも最後の一輪を摘んできて花活けに投げ込んだだけですが、
流石の紫です、しっかりと自己主張しています。
<鉄線>の名の由来は、蔓が似てるからとのことですが、花の色は紫に白が主流、
但し、同じ紫にも青味がかったものに濃い紫まであります。
日本では高貴さを表す色として尊ばれています)

06年6月23日(金)
玄関に来客ありてリビングを駆けゆく風が迎へに出でし

(昨晩の雨が止んで時折ですが薄日が差したりしていました。風も適当に
吹いて開け放った窓からリビングまで入ってきてますが、お客さんが
来られ玄関ドアを大きく開けられたんでしょう、テーブル上の新聞が
捲れるほどの風が、リビングを玄関方向へ吹き抜けていきました)

06年6月22日(木)
黒々と雪解(ゆきげ)模様のボロを着る姿を曝す宝剣岳よ

(左が現在の宝剣岳(2,931m)です。HP ようこそ ”こまがね”に から拝借しました。
右は、私が撮った秋(9月末)の雄姿です。
雪解けが進んで、まるでボロを纏ったようですね、衣替えの最中をちょいと盗み見たような。
その名からはおよそかけ離れた姿を曝していますが、遅い春から夏の緑、秋の錦へと
移り変わりながら美しく勇壮な姿を見せてくれることと思います)

06年6月21日(水)
淡き灯に目凝らし見やる壁掛けの時計に知るは午前二時半

(ふと目が覚めて、何時だろう?・・・と。リビングの常夜灯から微かな明かりが
届いてますが、時間をおいて目を慣らさないと見えないくらいの明るさです。
12時半に眠りに就いて8時の起床までに、少なくて2度、多い時は5、6度も
目覚めてしまいます。自分で寝返りが打てれば何でもないことなんですが)

06年6月20日(火)
蒸す日中ヘリコの爆音轟きて不快極まる梅雨晴なるに

(今日は朝からムシムシとした暑さが続きました。風が無く時折陽が差して
じっとしてても汗が噴き出す程です、そんな折ヘリコプターが爆音を轟かせながら
低空を飛んでゆきます、思わず 煩いッ!居所の悪い虫を刺激してくれました)

06年6月19日(月)
揚げ雲雀聴きしその宵われ独り<ひばり>の遺しし歌に酔ひ痴れ

(美空ひばり(本名、加藤和枝さん)がこの世を去ってから、もう17年だそうです。
毎年この時期になると、各テレビ局が特集を組んで、遺してくれた歌や、映像を、
提供してくれます。17日(土)のNHKBSで3時間半に亘っての放送がありましたので、
十二分に堪能させて貰いました)

06年6月18日(
いささかの疑念も見せずに吾を見詰むる幼児(をさな)の瞳にあしたを見たり

(病院へ行く地下鉄大江戸線車内で乗り合わせた坊や、ベビーカーに乗ってましたので、
車椅子専用席で向き合って数駅間を過ごしました。パッチリ眼でじっと私を見詰めてて、
声をかけるとニコッと笑ってお母さんを振り向いて・・・、その仕種の可愛いこと。
家の孫を含めこの子達が大人になる頃はどのような世の中に
なっているのか、少々心配ではありますが)

06年6月17日(土)
紫陽花は雨が似合ふが梅雨晴れ間夕陽を纏ふこの紫陽花(はな)も好し

(病院からの帰り道、ひっそりとした住宅街(近道)を通るんですが、アカメガシの生垣に囲まれた
立派な庭の片隅に、3本の紫陽花が水色の沢山の花を着けていました。折からの夕陽が
スポットライトのように照らして花を浮き立たせ、葉の緑と相まって事の他美しく見せてくれて
いました。これを写真に撮ったら?難しいかな?などと話しながらしばし佇んでいました)

06年6月16日(金)
刷きしごと列島蓋ふ雨雲を指して予報士梅雨入りを告ぐ

気象庁ホームページより拝借
(昨15日気象庁は、北陸と東北北部の梅雨入りを発表しました。
これで梅雨が無いといわれる北海道を除いて、列島の全てが鬱陶しい雨の季節に突入です。
我が東京は、5月のゴールデンウィーク最終日(7日)の雨天に始まった愚図ついた天気が、
一向に良くならない侭に梅雨入りとなってしまいました。雨が多いところへ日照不足が影響して
夏野菜が高騰してると報じています。今後一ヶ月以上もこんな天気が続くのかと思うとうんざり
ですが、真夏のあの日照りまで一ヶ月と思えば我慢もできるというものです)
(くう)掴みギュッ!と握ればポタッポタッとそんな空気に包まれている

06年6月15日(木)
病院へつづくこの路いばら道梅雨の晴れ間の風に背押され

(昨日も病院へ行って来ました。通い慣れた道とはいえ、気の重い事です)

06年6月14日(水)
ガラス戸の内にミツバチ羽音たて止むを待ちゐる篠つく雨の

(ほぼ満開の7本のサツキに、沢山の蜂が雨にも係わらずきていますが、
突然強く降り出した雨に驚いたんでしょう、部屋の中へ入ってきてガラス窓に
張り付くように飛び続けています。勿論ほんにんさんは外へ逃げようと
もがいてのことでしょうから、小止みになったところで外へ出してやりました。
それにしても、あのスタミナは凄い!、花の蜜がエネルギー源だとは思いますが)

06年6月13日(火)
原告と被告に席を別けて座す大家と店子が裁きの庭に

(近頃は大家といやぁ親も同然≠ヘ、落語の世界だけの事のようでして、
話し合いも何んにも無しにいきなり弁護士名での「明け渡せ」。
ハイ!そうですか、とはいかずの裁判です。
民事とは言え被告と呼ばれる事には抵抗を感じます。
大家さん!○○さん!と親密な関係にありましたので、当に青天の霹靂でした。
3軒続きの店舗ですので、3人でスクラムを組んで頑張っていますが、現在の法律は
「大家」側にかなりの権利を認める傾向のようで、苦戦を強いられています。
と言いますのも、今話題に、と言うより国民挙っての関心事となっています、
「耐震強度」を理由にしてますので、木造モルタル二階建て、築40数年「老朽」との
検査結果を示しての事ですので、反論が大変難しく、苦慮しながらの防戦中です。
それにしても、何の支障も無く営業出来てる状態ですのに、「出て行け」とは驚きです)

06年6月12日(月)
ふくよかに薫る新茶に水羊羹 梅雨の晴れ間に紫陽花愛でつ

(紫陽花が見頃となりました。華やかとは云い難い花ですが、梅雨の雨に似合いますね)
(この歌は数年?前、鎌倉へ紫陽花を観に行った時の思い出詠みです。
「名月院」「成就院」「まんだら堂跡」と巡った後、茶店に寄って、緋毛氈を
敷き詰めた長椅子で至福の時を過ごさせて戴きました)

06年6月11日(
酒少々なりに浮かるる女房殿は介護の疲れを忘れゐるらし

(時にはこのような事もありますが、普段は眠気に抗しきれずウトウトとしたりしています)

06年6月10日(土)
声高にW杯(ワールドカップ)の開幕を報ずる音切り寝に就く夜半

(サッカーに興味が無い訳ではありませんが、野球ファンとしては、現在行われている
プロ野球の交流戦、プラス、メジャーで活躍する日本人選手の動向の方が重要で、
深夜帯に放送されるW杯までは付き合いきれません。
昨夜は開幕セレモニーが始まった頃、テレビを切って眠りに就きました)

06年6月9日(金)
雨音も外ゆく人の足音も湿りを帯びて梅雨入り近し

(午前中の雨と湿った空気に、そろそろ梅雨入りかと話してましたら、
午後になって気象庁は、関東甲信、東海、近畿の各地方が梅雨入りしたとみられる
と発表しました。「梅雨入りした」と断定しないところに気象庁の狡さを感じますが、
我が関東は平年より2日早く、昨年より4日早いと聞けば、地球の営みの
確さに驚くばかりです)

降りて止み止みては降りしけふひと日梅雨に入りしをうべなふばかり

(東京は雨に明け、降ったり止んだりを繰り返した後に、薄日が差したり
しながら暮れました。今日一日に典型的な梅雨模様をみましたが、
今後暫くはこのような日が続くと思うと気が重くなります)

06年6月8日(木)
ケヤキ、カシ、クヌギ、ナラ、シイ、マキ、カエデ肩寄せ合ってこの森ひとつ
欅、 樫、 椚、 楢、 椎、 槙、 楓
(昨日、久しぶりの晴天に誘われて、は結果論でして。私の散歩は日時が一ヶ月前から
決められていますので、雨が降ったら中止となります。月2回の貴重な時間ですので、
天気の週間予報を見ながら一喜一憂しています。と言う訳ですが、晴れて22度、
風が無くて絶好の散歩日和でしたので、地下鉄で3ッつ目の<光が丘公園>まで
足を伸ばしました。勿論、人工の公園ですから、全ての木々が人の手になるものでしょうが、
鬱蒼と繁って立派な森をなしていました。手入れがゆき届いてて枯れ枝一つ無く、
下草も刈ってあって、肌に感じる風がひんやりと実に心地の好い散歩道となっていました。
秋には紅葉もですが、<どんぐり>も楽しみな森です)

06年6月7日(水)
遅ればせよろしも山独活(やまうど)愛でて食む豪雪消えし越後生まれの

(この冬のあの豪雪がやっと消えた、との知らせをうけて、越後の奥山へ
山菜採りに行ってきたと、友人が山独活を送ってくれました。その他の物は、
残念ながら育ち過ぎてて駄目だったようですが、一月遅れの春の味を楽しむことができました)

06年6月6日(火)
嘘をつく。治癒の叶はぬ難病に臥せゐる今が幸せなどと

(強がってはいますが、時には本音を吐露したいことだってあります)

06年6月5日(月)
餌を漁るスズメは遅れ来し友を激しく追ひ遣りひとり意のまま

(庭へきて餌を漁るスズメ達にも力関係があるらしく、後から入ってきた仲間?を
執拗に追い払います。市販されてる鳥篭にヒマワリの種を入れ、出入り口を
スズメがやっとの幅だけ開けて置いてるんですが、時折争いがおきて大騒ぎをします、
首の辺りを後ろから咥えて振り回したりするにいたっては驚き以上に呆れます。
普段は順序よく1.2羽づつ入って食べてゆくんですが、余程に腹が減ってる時が
あるんでしょう。人間だって腹が減ると気が立ったりしますから納得ですが)

06年6月4日(
《友》を追ふ若鮎キラリと急流に長竿操る釣師とふたり

(6月1日、殆どの河川で「鮎釣り」が解禁となりました。鮎を釣る方法は
幾つかありますが、この歌では日本にしかないと言われる「友釣り」を詠いました。
「おとり鮎」を泳がせて、攻撃してくる鮎(友)を、釣り針に掛けて捕獲するという
ユニークな釣りです。今では軽くて丈夫なカーボンとかボロンの長竿が開発され、
片手での抜き上げが簡単に出来ますので、テレビニュース等で2匹が空を飛んで
手網に収まる様子をご覧になったことがおありの事と思います)

06年6月3日(土)
青梅の地に落ちてなほ放つ香の清(さや)けさに聴く無念の叫び

(庭にある鉢植えの梅の実が、もう一息のところまでに充実してきました。
一つ落ち二つ落ちして、稔るのはどうやら20個程になりそうですが、
稔りをまえに落ちてしまった梅を嗅いでみると、清かさに甘い香りも混じって美味しそうです。
何が原因で落ちてしまうのかを知りませんが、志半ばでの落果とはさぞや無念な事でしょう)

06年6月2日(金)
情けなく悔しく辛くカタジケナイ病む身を預けるヘルパーさんに

(こんな歌を詠んで、これこそ情けない話ですが、「カタジケナイ」に思いを籠めました。
ご容赦くださいますように)

06年6月1日(木)
蜜蜂は花を漁りて忙しなし六月一日晴れて蒸し蒸し

(朝から晴れて無風、水銀柱はうなぎ上りとなり練馬は今年2度目の真夏日となりました。
ご丁寧なことに、「光化学スモッグ注意報」発令のおまけつき、6月に入った途端の暑さに
うんざりですが、すぐそことなった梅雨入りを考えるとこの晴天は嬉しくさえあります。
折りしも庭の「サツキ」らは満開、見るところ、3種の蜂が入り乱れて蜜を漁っています。
この都会地の何処に巣くってるんでしょうか不思議です)

06年5月31日(水)
馥郁と香る新茶に柏餅食へば空澄む五月末日

(「今日限り」の張り紙に誘われて買って来ちゃいました。
と、お客さんが「柏餅」を持ってきてくれました。それもそのはず、
明日からは6月、柏餅の時季はお仕舞いということですね。
酷い五月でしたが、今日は朝からスッキリと五月最後の皐月晴れです。
今年の食べ収めとなる柏餅は新茶とともに戴きました)

06年5月30日(火)
鳥瞰す森の緑の大はしゃぎ風のかたちを描ひては消して

(葉裏まで見せるような大風に公園の樹々は大揺れです。
波を打ったり逆巻いたり、きっと風が回っていたものと思われます)

06年5月29日(月)
車椅子で押されて散歩 さはやかな風が頬撫づ夏日と聞きけど

(爽やかな風に誘われて、車椅子で散歩をしてきました。
と言っても、歩いたのはヘルパーさん、私はただ座ってるだけでしたが、
外の空気に触れてリフレッシュしてきました)
(夏日とは一日の最高気温が25度以上30度未満を、30度以上は真夏日と)

06年5月28日(
口にすることさへはばかることがある延命治療はしないでくれと

(我がALSでの「延命治療」とは、人工呼吸器を装着して余生をおくる事をいいます。
約70%の患者さんが「拒否」されて亡くなってるのが現実ですが、その拒否にしても
家族関係その他を考えると、自分ひとりでは決めかねる事柄でもあります。
着けるにしても、その後を考えると、悩ましいことこの上ない問題ではあります)

06年5月27日(土)
山椒に哀れを感ず新芽吹くそばから摘まれ春を謳へず

(我が家にも小さな山椒の木がありますが、新芽を吹くそばから摘んで
食べてしまいますので、いじけてるんでしょう、なかなか大きく育ってくれません。
可哀相なことに、二番芽までもが筍や烏賊の木の芽和えなどで我が腑におさまります)

06年5月26日(金)
梅、椿、海棠、牡丹と咲きついで今は狭庭にタンポポ四つ

(全てが鉢植えながら、しっかりと季々の花を見せてくれます。
現在は皐月の花が盛りになりつつありますが、この歌は少し前に、
春の花が終わってしまって淋しくなった時に詠んだものです)

06年5月25日(木)
凛と聳(た)つ富士山(ふじ)を仰げり。この脚にて頂上踏みし遥かなる日よ

(昨日の大雷雨が、大気中の塵を叩き落としてくれたんだと思いますが、
今朝の東京は抜けるような青空でした。午前中に来られた人の、
富士山が綺麗に見えてますよ、に、健常だった頃の富士登山に話が及んでしまい、
富士談義にしばしを忘れました。直接見た訳ではありませんが、
眼に焼きついている富士山は、何時になっても新鮮です)

06年5月24日(水)
パッと散る桜の如く身を退くと小泉総理は侍気取り

(ご自身自らを桜に譬え、引き際は潔くとの談話が報じられました。
誰言うともなく、ライオン宰相として国民的人気をも手に入れ、キャッチフレーズの
「自民党をぶっ壊す!」ことこそ不発に終わりそうですが、近代稀に見る働きぶりを発揮、
郵政民営化を筆頭に数々の改革?を成し遂げつつあります。どん底状態だった景況指数も
上向きに転じ、国民の多くが、「景気は良くなった」を口にするとの報道もあります。
残すを3ヶ月余り、桜に譬えると、今は満開を過ぎチラホラと散り始めた頃かと思いますが、
大風や雨に急かされることなく、それこそ、有終の美を飾ってもらいたいものです)

06年5月23日(火)
大根は菜飯漬物風呂吹きに末は下ろしで露と消えゆく
(大根に捨てるところはありません。
塩味の効いた「菜飯」はことのほか美味しゅうございました)

ヒュルヒュルと鳴く音にハテ?と目をやるに風力計の悲鳴なりけり

(いつの頃からか、何処からともなくヒュルヒュル ヒュルヒュルと、鳥の鳴き声にしては
金属音っぽい音が聞こえるようになって気になってたんですが、昨日その正体が判明しました。
目の前に建つ小学校の屋上に設置されている「風力計」からのものでした。風の強弱が
そのまま音になってリズムを刻んでいるものと思います。回転軸の軋み音でしょうが、
だいぶん傷んでるようです。これでは多分、正確な風力を測ることは不可能でしょう。
学校ではご存知かどうか、余計な心配をしています)

06年5月22日(月)
けふもまた歌など詠まん臥す床に幸せあるを三十一(みそひと)文字に

(毎日一首以上を己に義務付けて愚作をアップしていますが、残念ながら病に臥せる身、
やもすると暗い歌になりがちで、ここへアップするにはばかるものばかりです。
どんなに小さな幸せでも、短歌的視点で大きく詠えればと思います)

06年5月21日(
街をゆく喪服に覚ゆる胸騒ぎ 臥しゐし知人の消息途絶え

(街で喪服を着た集団と行き違いました。
そう云えば・・・どうしてるんだろうね、だいぶ悪いとは聞いてたけど・・・。
まさかとは思いつつ良からぬ連想をしてしまいました)

06年5月20日(土)
はしり梅雨にくされる庭に咲き零る蜜柑の花のけなげに白き

(今年の五月はどうしたんでしょうか?、北海道以外は雨に煙る日が多いようです。
ゴールデンウィーク中は素晴らしい皐月晴れに恵まれていましたのに、
終わった途端の雨模様、気象予報士は「はしり梅雨」と表現していますが、
それにしても余りにも早い梅雨です。連日の雨に濡れそぼる庭ですが、
温州ミカンの白い小さな花が色を添えてくれています。咲くそばから零れる
ように落ちる花が多く、果たして幾つくらいの実を結んでくれるのか、
心配しながらも楽しみにしています)

06年5月19日(金)
朝立ちのビルの谷間の「演説」がこだまとなりて我を襲ひき

(某区会議員さん、元気いっぱいの「朝立ち」です。朝の通勤時間を狙って、
区政、区議会、活動報告等々を熱く語ります。駅へ向かう通勤途中の
人々に向かってのことですが、足を止めて聴く人はほぼ皆無、ご苦労さん
なことですが、名前を覚えて貰う為の地道な活動だとご本人からききました。
周りは高いビルに囲まれています、スピーカーから放出された「音」は
ビルの壁にぶつかり跳ね返って「こだま」となり我が家を包みます。
内容が聴き取れない演説はただの騒音でしかありません)
注釈・「朝立ち」・政治家が朝出勤途中の有権者に対し、
駅前などの人の集まる場所で挨拶や演説をする行為を云う。
尚、夕方に行われるものは「夕立ち」と云う。

06年5月18日(木)
落ちてゆくシースルーエレベーターに身を任すALS(やまひ)の標本展示するごと

(昨日は定期の診察日でした。病院のエレベーターでのこと、ガラス張りの素通しですので、
各階のフロアを通過する際は、まるでショーウィンドゥーのマネキンのようです)

06年5月17日(水)
通院とふ拷問受けし五時間を車椅子奴(め)に拘束されきて

(月一回の定期診療を受けに大学病院へ行ってきました。
車椅子に乗り、シートベルトで腰を固定し、背と背もたれとの間(腰)に
詰め物をして背筋を伸ばし、両肘を肘掛に乗せ、つっかい棒として姿勢を保ちます。
加え、両の太腿を左右に開かないようベルトで締めて出発。
これでの5時間は辛いものがあります。車道側に傾斜した歩道、狭い歩道では
点字ブロックのガタガタを避けて通れません、車椅子にはショックアブソーバーや
スプリングが着いていません。でも無事に主治医の診察を受けて来ました。)

06年5月16日(火)
春を食むお裾分けとて山菜を友の思ひに和へて戴く

(友人が、山歩きをしてきたからとコゴミ、タラの芽、山ウドを届けてくれました。
今年の 新潟の山は春が遅いとかで収穫は少なかったようですが、
その味はしっかりと春を主張していました。
因みに、コゴミは天ぷらと胡麻和え、タラの芽は天ぷらで、
圧巻は山ウドです、天ぷらに金平、酢味噌和えとなって楽しませてくれました)

06年5月15日(月)
今もまた郷里(ゐなか)の好さを語りゐる少年時代を過ごしし頃の

(私の話には少年時代を過ごした出雲時代の事がよく出てくるようです。
正確には、あのスサノオノミコトを祭る須佐神社のお膝元の須佐村ですが、
強くインプットされたものは何時になっても消えないもののようです。
山や川、野原を駆けずり回って育ったんですから当たり前と言えば当たり前ですが)

06年5月14日(
ひと盛りのカーネーションを手に妻は涙を拭ふ母の顔もて

(ご多分に漏れずと申しますか我が妻にも、娘と息子から「盛り花」が届きました。
口では強がりを言ってますが、遠く離れ住んでますので淋しいんでしょう、
たかだかの盛り花ですが、それには色々な思いが籠められているものと・・・・・)

母の日はけふを先途の稼ぎ時お花と人の溢れし花屋

(母の日にカーネーションを贈る風習が何時頃からのものか知りませんが、
今ではカーネーションに限らず、アレンジだったり寄せ植えだったりと、
お花を贈る日になった感が否めません。当然、お花屋さんと宅急便屋さんは
大忙し、近所のお花屋さんはこの一週間寝る暇もないと嬉しい悲鳴をあげています)

06年5月13日(土)
普段着を脱ぎ捨て妻は出掛けゆく面(おも)は普段のままをよそほひ

(普段着を脱ぎ捨てたといってもスッポンポンで出掛ける分けではありません
(当たり前ですが念の為)。ちょいとおしゃれをして、薄化粧をして、でも頭の中の
どこかには私が居るらしく、ヘルパーさんに預けてあっても気が安まらないといいます)

06年5月12日(金)
愛ほしや麻痺せし五体にいまもなほ五感豊かにのこりてあるを

(ひと頃「五体不満足」と云う本が売れ流行語にもなりましたが、今の私が当にそれです。 
(五体=頭と両手足。私の場合は首と両手足)
しかし、有難いことに五感(目・耳・舌・鼻・皮膚を通して生じる五つの感覚。
視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚。また、感覚の総称をいう)の方は未だに
衰えることなく、自分では健常にいると感じてはいます。但し、痛みとか痒みは
無くなってくれたほうが都合がいいんですが、そううまくはいきそうにありません)

06年5月11日(木)
追はるるやはたまた追ふや舞ふ鳩の群よりポツンと一羽はぐれて


(近所の公園に群れ棲んでいるドバトの群れが、朝と晩に私の家の上辺りをグルグルと
舞い飛びます。中にはどうしたものか、ポツンと一羽が離れて飛んでいます、
 仲間外れなのかついてゆけないのか・・・・・。いつもそうですが、公園の上空で始まり、
東隣の小学校上空辺りを旋回した後西へ移動していって視界から消えます)

06年5月10日(水)
ひと月の間(あはひ)に移り季(とき)はいま緑吹き立ち薫れる五月

(先日久し振りに外出しましたところ、ツツジは盛りを過ぎ、木々は緑を吹いて
大きく膨らんでいました。そういえば一ヶ月程前に外出した時は、桜こそ見頃を
迎えつつありましたが、他の木々は芽吹き前で淋しいものでした。
あれから一ヶ月、木々の新緑もそろそろ深緑になりつつあります)

06年5月9日(火)
土鳩飼ふ輩ゐるらし公園にて「ヤルナ!」をよそに餌を撒く阿呆よ

(近所の公園で見る風景です。中年のご婦人ですが乗用車で乗り付けて、
二袋もの雑穀をハトに遣ってゆきます。「付近住民が迷惑しています、
ハトに餌を遣らないで下さい」の看板の脇には「ヤルナ!」までもが在るのにです。
その時間になると沢山のハトが集まってきて木の上で待機しています。
自然に暮らす動物は餌の量に比例して増えるそうですから、困った事です。
東京都では、増え過ぎたカラスを減らす為に、生ゴミの管理を徹底して
減らすことに成功しました、いわゆる兵糧攻めです。我が家でもベランダや
排気口で子育てをされたり、庭の植物を荒らされたりして困っています)

06年5月8日(月)
休刊にいつもの朝を持て余し昨日の朝刊をフと読む

日の土曜日は新聞の休刊日でした。いつもの朝は、顔を洗った後
500ccの水を飲んでから新聞二紙に目を通します。従って新聞の無い
朝は大変寂しい思いにかられますので、昨日の新聞などを出して
読み直したりします。習慣とは恐ろしい?ものです)

06年5月7日(
輝けるゴールデンウィークに幕を引く五月七日()は雨に鎮みて
 
(ゴールデンウィークも今日が最終日。行楽地から帰ってくる人々で交通機関は
  混雑したようですが、折りしも今日はほぼ全国的に雨模様とか、既に自宅に納まって、
明日からの仕事に勉強に備えて、休まれてる?方々も多いことと思います)

06年5月6日(土)
ベビーカーの幼子(をさな)は見つむ怪訝げに病む身を預くる車椅子の吾を

(エレベーターを待ってた時のことです、車椅子に乗ってる私を不思議そうに見てましたが、
やがて、お母さんの顔を仰ぎ見ながら「オンナジ!」と、大きさこそ違いますが、確かに同じです)

<オンナジ!>と指差す幼子(をさな)はベビーカー「ウンおなじだね」吾は車椅子

06年5月5日(
東京の空高くして風青くビルの間(あはひ)をイワツバメ飛ぶ
 
(久しぶりの散歩(勿論、車椅子を押して貰って)に出て、イワツバメが
  6羽飛び回るのを見ました。周りは14.5階のビル群に囲まれたところです。
近頃は高速道路の桁などにも巣を作るようですが、野生の世界に何かが
 起きつつあるんでしょうか。それにしてもこんな市街地にイワツバメとは驚きです。
練馬の空は高く澄み渡ってて、爽やかな風が頬に心地好いひと時でした)

06年5月4日(
ハナミズキ咲き満つる路をそぞろゆくポトマック河畔のサクラ思ひつつ

 (アメリカから贈られたというハナミズキですが、今では並木としてアチコチの路で
美しい花を魅せてくれています。一方アメリカへ渡ったサクラも、ポトマック河畔に
大きく育って人々を魅了しているそうです。双方が戦争という不幸な時代を
過ごしましたので、抜かれたり折られたりの妨害にあったようですが、
それを乗り越えていまが在る事を後になって知りました)

06年5月3日(
列島は黄金色(おうごんしょく)に輝きて人は蠢くレジャーに仕事に

 (今日は黄金週間の後半5日間の始まりです。早朝から高速道路は駐車場状態とか、
レジャー施設は人の波で埋まってるとかと、テレビニュースが盛んに報じています。
空は見事な皐月晴れ、行楽にお出かけ下さいと云わんばかりの好天気となりました。
でも沢山の人々が働いてもいるはずです)

06年5月2日(火)
おぼろにも月の灯れる春宵にかの言葉点る胸そこのまた底に

 (不治の難病を告知された頃、知人から貰った「言葉」が、未だに心の奥底に
突き刺さったままでいます。折にふれ、ふいと思い出されて痛みます。
病気にさえならなければ・・・と悔やんでみてもせんないことですが)

06年5月1日(月)
絵暦を捲ったとたんの真夏日よなにを慌てるけふは皐月ぞ
 
(五月に入った途端の真夏日です。我が練馬でも31.1度を記録したようです。
いくらなんでも早過ぎます、ツツジもハナミズキも今が盛りだというのにです。
異常気象とは云いたくありませんが、明日は17度と一気に下がるようです)

06年4月30日(
ひとくれの幸せなりとひとの云ふ共に闘病(たたか)ふ妻居ることを
 (久しぶりに来てくれた知人がかけてくれた言葉です)

06年4月29日(
さ庭辺にひとり佇み耳澄ます若葉の芽吹く声を聴かむと
 
(日に日に緑が大きく膨らんでいきます。春の陽に輝く新緑の美しさは
今更云うまでもありませんが、実にエネルギッシュなものです。
スローモーションで伸びてゆく様子はテレビ等でよく目にしますが、
音は聴いたことがありません。若し!声を発していたら・・・・・)

06年4月28日(金)
三ヶ月の快適拘置所生活(くらし)にてスリムに悠悠ホリエモンどの
 
(誰が量ったか云ったか知りませんが、8キロ減とかのスッキリとした顔であのホリエモンが
拘置所を出てきました。自身のダイエットは拘置所食のお陰でしょうが、株価の方も、
それこそ、お陰で、大暴落(減量)をしてしまいました。人騒がせな御仁ですが、
昨日一日取材ヘリの爆音で付近住民は大迷惑を被ったと報じています)

06年4月27日(木)
陸奥(みちのく)にさくら咲き染むあしたには若葉萌えたつ東京をゆく
 
(今、東北地方一帯では桜の真っ盛りとか、一方東京では、八重桜も終わり
ツツジが咲き揃いつつあります。冬枯れで寂しかった木々も、ツヤツヤとした
新緑に被われてきました。風薫る五月はもうすぐそこです)

06年4月26日(水)
緑なす銀杏樹一本が高々と聳えおぼろ日差し挙げてをり
 
(今日の東京は、薄雲に覆われて、弱いものですが風が止み間なく吹いていました。
「肌に感じる風は冷たいですよ!」は自転車で来られたヘルパーさん。
雲の向こうにある太陽が、銀杏のテッペンに差し掛かった瞬間を詠みました)

06年4月25日(火)
吾娘嫁ぎ残されて在るピアノ今孫娘(まご)の写真の展示場なり
 
(未だに置きっ放しの娘のピアノ、弾く者の居ないままに、孫娘の
写真を乗せてデンッ!といます。今では飾り棚状態、折にふれ
撮ったり送ってきたりで孫娘の成長の様子を一目で見ることが出来ます)

06年4月24日(月)
かしましく日がな一日雀らは春を謳ひて夕迫るまで
 
(スズメたちが繁殖行動に入ったようです。常時7.8羽が庭に来てますが、
じつに賑やかです。おっかけっこはもとより、お喋りも一日中です。
伴侶が決まるまで続きますが、その後は巣作りに励むようになります)

06年4月23日(
ものみなが春を纏ひて暮れなづむけだるきものの澱めるままに
 (このところ ちょっと・・・・・です。)

06年4月22日(土)
新芽吹く銀杏樹日ごとに膨らみてカラスの愛の巣を緑に抱かむ

 (銀杏の木に作られつつあるカラスの巣が日ごとに大きくなってきました。
時を同じくして銀杏の葉も伸びて茂ってきましたので、やがては見ることが
できなくなることと思います。どこから失敬してきたのか、
沢山の針金ハンガーを使っているようです)

06年4月21日(金)
新聞の届くバサッ!に朝目覚め療養といふ生活始まる
 
(朝の5時ちょっと過ぎ、雨さえ降ってなければ、判で押したようにこの時間に
新聞が届きます。目覚めていたのか、音で目覚めたのかは定かではありませんが、
その後を眠れぬままに、ヘルパーさんが来てくれる8時を待つ日もしばしばです)

06年4月20日(木)
窓を打ち春の嵐はおおはしゃぎカミナリ様のリズムをバックに
 
(東京を春の嵐が通り過ぎていきました。ほんの一時でしたが、
南の強い風に乗って叩きつけられる雨が、窓ガラスを滝のように伝って落ち、
外が見えなくなるほど、カミナリ様も時折鳴って実に賑やかな3時間でした)

06年4月19日(水)
マニキュアを気にしつつ妻は糠みそにキュウリ漬け込むマイク持たむ手で
 
(カラオケ発表会当日の朝、今晩用にと漬け込んでいきました。マイクを持つ手に
スポットライトがあたるとキラリと光るんだそうですが、匂いは見えないもんねぇと、
嬉々として出掛けて行きました)

06年4月18日(火)
落日を待たずに引かれしカーテンの向かふに残る春の爛漫
 
(ヘルパーさんが帰り際になさる作業の一つにカーテン引きがあります。
「まだ陽がありますけど、すぐ寒くなりますから閉めときましょうね」と厚手の
カーテンを引いてゆきます。一気に外界と遮断されて、折角の春の宵を楽しむ
ことができませんが致し方のないことです)

06年4月17日(月)
手抜きして抜かずにおきし雑草がタンポポですと黄金色(きいろ)に咲き立つ

 (我が家の庭は今タンポポの花盛りです。去年の暮れに全部採った(女房談)筈でしたのに、
沢山の花を咲かせています。抜いたとは言ってますが、全部は抜け切れずに根が
残ってたものと思われます。それにしても、この生命力たるや凄いものがあります)

06年4月16日(
タオル一本の挨拶だけでドンッ!と建つビルが我が家の夕陽を盗む
 
(昨日はほんとうに久し振りの晴天でした。夕方になっても青い空が所々に見えてましたのに、
4階の我が家にさえ夕日は差してきません。西側に建った8階建てのマンションが遮っています。
「建築確認は取れています、工事中ご迷惑をお掛けしますが宜しく」とタオルを一本持って
挨拶に来られただけ。何が工事中ですか、あの建物がある限り、我が家に夕日が差す事
及び夕焼け空を見られ無いという「大迷惑」が続きます)

06年4月15日(土)
ハンガーを咥へカラスは胸張りて明日親となる誇りを見せぬ
 
(すぐ目の前、小学校校舎脇にある銀杏の大木に、この春もカラスが巣作りを
始めました。やっと新芽を噴き出したばかりですので、その様子が丸見えです。
いずれは葉が繁って、巣の在り処が人間様の目に留まらなくなることを、
カラスは知ってのことでしょうが、実にお利巧さんですね。今は巣を架ける
場所(3階の屋根位の高さ)へ直接飛び込んでますが、去年の子育て中は、
必ずテッペンに近い処へ止まってから姿が見えなくなってましたので、
葉陰を下りて行ってたものと思います)

06年4月14日(金)
二十四時半<お寝みなさい>と帰りゆくヘルパー気遣ふ雨音耳に
 
(深夜に、私をベッドに寝かせる迄をやって下さる女性ヘルパーさん(3人で交互に)です。
本来なら、寝ているか、風呂にでも入った後のゆっくりとなさってる時間ですのに、
私の為に自転車で通ってきてくれています。雨風もそうですが、
万一暴漢にでも遭ったらと、しばらくは寝付けずにいます。
(因みに、その時間帯の私の専属ヘルパー(妻)は、朝までに2.3度
起こしますので、それに備えて休む体制に入っています))

06年4月13日(木)
目出度さも半分ほどなり誕生日ALS(やまひ)背負ひて祝盃持てず
 
(わざわざに申し上げるまでもないことですが、この歳になりますと、
誕生日などと云われても、ああそうだった、程度の受け答えしか出来ません。
悔しい限りですが、カンパイのグラス挙げは勿論、口へはストローですから絵には
なりません。とは言え、発病して8年、7回目の誕生日を迎える事が出来た
ということは、それでも半分位の目出度さはあるのかなあ、と己を慰めています)

06年4月12日(水)
外は雨、中(うち)にも涙の雨降らすテレビドラマに虜(とりこ)の妻は
 
(外は雨です、どんよりしてて暗く沈んでいます。春に3日の晴れ無し、
と言いますが、3日どころか日替わりです。桜が開花したと発表されたのが
先月の21日、例年よりかなり早く咲き始めましたのに、その後の花冷えで
一向に咲き進まず今日になっても未だ愛でるに充分なだけが残っています。
お陰さんでこの春は、桜の花をじっくりと楽しむことができました)

06年4月11日(火)
写メールで届きし孫娘(まご)の晴れ姿ピッカピッカの一年生ぞ

その昔娘に見たる晴れ姿、孫娘(まご)に再び新一年生の

(こんな写真を、遠い昔に撮ったような、見たような。
転居しての新入学、ちょっと心配しましたが、元気に通学
してるとのことで胸を撫で下ろしています)

06年4月10日(月)
一言が心に刺さる病む我に優しい言葉など掛けないでくれ
 
(遊びに来てくれる友人知人に加え、関係者の皆さん方から何気なく
掛けて戴く「優しい言葉」が、事の他心に沁みます。
懸命に耐えてるものが一気に崩れていくような・・・。
いい歳をして、とお笑い下さい)

06年4月9日(
青空にさくら吹雪の舞ふけふは「晴れのち曇り暖かでしょう」と
 
(今日の東京練馬は春には珍しく透き通った青空です。北よりの強い風が、
今盛んに散っている桜のハナビラを巻き上げて、吹雪のように降らせています。
数年前には余り見られなかった現象でしたが、ここ何年かで近隣にニョキニョキと
高いビルが建ちましたので、その影響で複雑なビル風が生まれるものと思われます。
天気予報は晴れて18度、吹雪くとは言ってませんが、美しいものを見せてくれています)

06年4月8日(土)
口笛でわれがALSの進み度を診んと促す医師も吹きつつ

♪ホーホケキョ♪十八番(おはこ)の口笛吹き鳴らす主治医笑顔で「筋力十分」
 
(発病以来初めてですが、球麻痺とか顔の表情筋を診るとかで、口笛を吹くよう促されました。
このところ、すっかり吹くのを忘れていましたが、ここぞと得意技のウグイスを披露しました。
「まだまだ大丈夫、シッカリ筋力遺ってますね」を頂いて、まずはひと安堵です。
でも、春未だ浅いとはいえ、私としては随分と下手くそなウグイスでした。
これが吹けなくなったらいよいよなんだそうですが)

06年4月7日(金)
桜台に住みて三十有余年桜と共に歳かさね来つ

 
(桜台、その名のとおり私がここえ移り住んだ時には、既に仙川通り
沿いには見事な桜並木がありました。現在までに折れたり枯れたり
したものは植え替えられましたが、私の店の前の桜は相当な古木ながら、
それは見事な花をつけています。齢68歳、ここの古木には負けますが、
毎春ごとに咲く立派な桜と共に歳を重ねてきました)

06年4月6日(木)
華やげる石神井川を花筏さくら吹雪をあつめてゆるり
 
(3日(月)の大風に、堪らず散っていった桜の花びらが大小の
かたまりとなって石神井川(しゃくじいがわ)を流れていきました。
石垣状に護岸がしてありますので風情的にはいまいちですが、
川面を蓋うように咲き乱れる桜と相まって大変美しい風景です)

06年4月5日(水)
枕辺にさくら一枝を手折りきて春爛漫を友は語りぬ
 
(小中学時代からの友人らが、我が家で「桜を語る会」を開いてくれました。
花見には行けないだろうと、一抱えほどの「桜」を持ってきてくれたのには大感激!。
憎いほどの気遣いにあついものがこみ上げ抑えるのに苦労したほどです。
幼馴染っていいもんですね、70をすぐそこにしてるというのに、あの頃マドンナと
よんでた「○○ちゃん」で盛り上がれるんですから)

集ひたる幼馴染らあの頃のマドンナ肴に酔ひて盛り上がる

06年4月4日(火)
フィクションかノンフィクションか悩ましきALS背負へる「第三の人生」
 
(こんな生活を強いられる事になる、などとは考えてもいませんでした。
ノンフィクション、現実ですが、フィクションであって欲しいとの願望の所為か
見る夢は、何時も健常であった頃そのままですから不思議です。
得病して8年目、夢には一度も病む自分はでてきません。
「第三の人生」=子育ても仕事も卒業してからを云うそうです)

06年4月3日(月)
春風に舞ふ花びらの華やぎてフィナーレとなりぬ桜の宴 

 (今日の東京には、強い風に巻き上げられた桜の花びらが、まるで風花のように
舞い、踊り、降ってきました。昨晩の強い雨風に洗われた抜けるような青空に映えて、
それはそれは見事なものでした。
先月21日に、開花が告げられてからの「桜の宴」は、早くもフィナーレとなりました)

06年4月2日(
モクレンや海棠、さくら、パンジーら春日に笑ふ我も笑はな
 
(東京は今どこもかしこも、桜、さくら、サクラです。モクレンも今が盛り、
庭の海棠もパンジーもみんな咲き満ちて笑っているようです。
私も一緒になって笑っていたいものですが)

06年4月1日(土)
新しきヘルパーさんは腕まくり病む吾をあなたはどうするつもり?
 
(新しく加わってくれたヘルパーさんです。キャリア云々は別として、私にとっては新人さん
ということですが、その一所懸命さに振り回されて、少々ですが閉口します。何をやるにも
シャカリキって感じは、私の生活のリズムとは相容れないものがあって疲れます。
頑張るぞ!も、時と場合によっては迷惑になることだってある事を知ってほしいものですが)
(エイプリールフールに免じてご容赦を)

06年3月31日(金)
咲き盛る椿を喰らふヒヨドリに教へやりたし花の愛しさ

 (困ったものです!ヒヨドリが折角の椿の花を片っ端から食べてしまいます。
桜が咲いた現在は来なくなりましたが、咲き始めの頃は殆どを食べられてしまいました。
蜜を吸うぐらいなら可愛いものですがムシャムシャって感じで食べられたんじゃあかないません
ヒヨドリにだって生きる権利はありますから致し方のない事かとは思いますが、
メジロ、雀らを追い払ってまでとなると心穏やかではありません)

06年3月30日(木)
ドラマには観慣れし法廷に被告となり吾が身を置きて昂ぶり覚ゆ
 
(吾が人生に、被告と呼ばれるような事が起きようとは、夢にも思っていませんでした。
弁護士によれば必ずしも出頭しなくても、との事でしたが、折角ですので社会勉強を
兼ねて行ってきました。車椅子使用で、被告席に座れなかったのが残念?でしたが、
それは又の機会という事で雰囲気だけは味わってきました。
本音を言いますと心中穏やかではありません。
それにしても東京地方裁判所の混雑振りには驚きです。あの大きなビルが人で溢れてましたし
私の裁判が終わって席を立つと同時に次の裁判官が入って来て、被告人の名を呼んでました。
如何に係争事案が多いことか、考えさせられた一日でした)

06年3月29日(水)
寝かされて手足四本定位置に置かれてゆきます夢路をひとり

 (私の就寝風景です。仰臥の姿勢で脚は45度に開き、右足の親指を除く
4本でブザー(妻を呼び起こす為)のスイッチを押せるようにセット、
両腕は体側へ伸ばして置き、掌は開いて下向きに置いて貰います。
この作業に30分強、面倒看てくれる人はさぞかし大変!だと思います)

06年3月28日(火)
号令を掛けられしごと一斉にものの芽春日に動き始めき

 (このところの暖かさで、木々の芽吹きが一斉に始まりました。
梅、かいどう、山椒、その他諸々、小さな庭ですが日ごとに賑やかさを増してゆきます。
東京では今日、桜が満開になったと気象庁から発表されましたが、
これは靖国神社の基準木のそれのようです。私は今日、車で都内を一巡り
してきましたが、殆どが5分程度と見受けました、この週末がピークとなりそうですね)

06年3月27日(月)
梅桜桃咲き競ふ弥生なり日の差す庭園(には)に三春を愛でつ
 
(遅れた梅に咲きいそぐ桜、桃まで一緒になって美事です。
この様子を「三春」と言うそうですが、耳ざわりのいい言葉ですね。
北国では当たり前の事のようですが、東京では珍しい春となりました)

06年3月26日(
冬季五輪WBC大相撲センバツ観るうちプロ野球(やきゅう)の春に
 
(今年もプロ野球が開幕しました。パ・リーグのみ一足早くの開幕ですが、
野球ファンとしては嬉しい春の訪れです。今年はトリノ五輪に沸いたあと
WBC(ワールドベースボールクラシック)に酔い痴れ、つづいての大相撲、
センバツ、と随分と楽しませてもらっています)

06年3月25日(土)
みぎひだりうえしたそこそこッああじれったい!背中の痒みよいつまでつづく

 (私に限らずのことと思いますが、お願いできる人が
いててこうですから、独りのときは大変です)

06年3月24日(金)
障害を個性と集ふ若きらに雪氷温くしパラリンピックの
 
(19日に閉幕した「第9回冬季パラリンピック・トリノ大会」です。
地上波での放送が殆んど無く、ハイライトで観る程度とちょっと寂しいものでしたが、
その頑張りには頭の下がる思いをしました。
障害をものともせず、鍛え抜かれたアスリート集団に喝采を贈ります。)
障害と誇りを胸にす若きらに雪氷温くしパラリンピックの

06年3月23日(木)
来客に「外は寒い?」と訊ぬれば「さくらがチラホラ咲いていますよ」

 (今朝はどんよりとしてて寒そうな空模様でした。「外は寒いですか?」と訊いたところ、
「桜が咲き始めましたよ!すっかり春です、あの寒さはどっかへいっちゃいましたね」と
明るく答えてくれました。東京の桜は、気象庁の予報より一日早い21日に開花しました。
例年と比べてもかなり早いようです。今年は梅も今が盛りと咲いています)

06年3月22日(水)
<マコとミコ>遠き昭和のドラマ視聴(み)る時代考証気にしつつ妻と

 (あの「愛と死をみつめて」が、テレビドラマに焼き直されてこの度放送されました。
大掛かりな「セット」を作っての撮影と、一目で分かるようなものでしたが、
所々に現在が見えたりして、当時と違う、無かった、とドラマそっちのけでした)

06年3月21日(
世界一!心地好きもの手に収む日本野球の晴ればれとして
 
(今日行われた、WBC(ワールドベースボールクラシック)の決勝戦で、日本が勝ち、
初代チャンピオンとなりました。誤審とか厘差の勝ち上がりとか、問題点も多い
大会でしたが、実に誇らしい勝利をもぎ取ってくれました。オリンピックではホゾを
噛む思いの連続でしたので、この勝利で溜飲を下げることができました。
一野球ファンとして、有難う!といいたいほどです、いや!言いました)

06年3月20日(月)
呑みこみし<こんちくしょう!>は度々も口にす<有難う>も度々にして
 
(己を殺して、呑み込まなければならない言葉もありますが、
口にすることで自分自身が幸せになる言葉だってあります)

06年3月19日(
お浸しの菜花のにが味があはあはと春来るを告ぐ彼岸の朝に
 
(今朝の食卓に「なばな」の御浸しが添えられました。その濃い緑色もそうですが、
何とも言えないほろ苦さが春を感じさせてくれます。
 
この時期、桜と共に愛でる機会の多い「菜の花」ですが、搾油(菜種油)目的に限らず、
今では食用として大変重宝される存在となっております。 その歴史は、明治時代に入って
“文明開化”の一環として西洋種が導入され、観賞したり、食べたりと庶民の間に
浸透していったようです。私たちが食べている物は、開花直前の若い蕾と茎葉の部分で、
菜花(ナバナ)と呼ばれています。ビタミンCが多く、茹でてもホウレンソウの約3倍、
ニラの5倍もあるようです。さらにβ-カロテンも豊富なうえ、野菜にしてはタンパク質が
多いことで、独特のコクのある旨味を提供してくれています。私は、香りと苦味を楽しむ
御浸しは勿論、芥子や山葵の合え物に、一夜漬けでもいただきます。)

06年3月18日(土)
血圧を計るナースの横顔に訊くまでもなし我は達者ぞ!

 (先週の金曜日の出来事を未だ引きずっています)

06年3月17日(金)
昨夜(よべ)荒れし雨風も夢のごとく去り今朝窓外は春の陽が満つ

 (昨晩東京地方に、「春の嵐」とでもいえる程の風雨が吹き荒れました。窓ガラスを
叩く音の激しさに、なかなか寝付けないほどでしたが、今朝は、瞬間で32mも
吹いたという風も止み、嘘のように晴れて暖かい春の陽がいっぱいでした)

06年3月16日(木)
「出張のついでに寄った」と、離れ住む息子はスーツとふ鎧を身に着け
 
(栃木に住む息子が、東京出張の序でにとヒョッコリ顔をだしました。普段スーツ姿など見た
ことがありませんので、「どちらさんですか?」と、おとぼけをかませてやりました。
サラリーマンにとってのスーツは、差し詰め、鎧か裃に匹敵するものでしょうか)

06年3月15日(水)
道すがら摘みし土筆をたずさへてヘルパー訪る春風のやうに
 
(11時から来てくれるヘルパーさんが、「つくし」を一本摘んできてくれました。
5人のお子さんを育てている、ママさんヘルパーです。それでなくとも大変でしょうに、
仕事とはいえ私の面倒までも看てくれています。公園の側を流れる川土手に
あったそうですが、家の中に篭もりっきりの私に春の風を運んできてくれました)

06年3月14日(火)
凛と咲く梅の花花そに負けじと風花舞へり弥生半ばに
 
(昨日、東京の空に小雪が舞いました。白い雲と黒い雲の狭間に、青空が
のぞくという賑やかな空模様でした。おそらくこの冬最後の雪になるやに思い
ますが、早く本格的な春になってほしいものですね。東京の梅は今が盛りです)

06年3月13日(月)
療養とふ淀みに漂ひ幾年経し少年の日の笹舟に似て」
 
(子供の頃笹舟を流してよく遊びました。勢いよく流れていったかとおもうと
淀みにつかまってしまい、グルグルと回っていつになっても抜け出せず、
仕方なく反則の手出しをして、やっと抜け出したとおもったら、
落ち込みに呑まれて敢え無く沈没、でおわり。まるで私の人生のようです。
反則でもなんでもいいですから、手を借りたいものですが)

06年3月12日(
明石の海に生れし春とどく友より「くぎ煮」に一筆添へて
 
(明石在住の幼馴染から、嬉しい春の便りが届きました。
「くぎ煮」・いかなご、の幼魚を佃煮のように炊いたもの。「折れ釘」に似てると。
瀬戸内地方の春の風物詩。春の便りといわれる、いかなごの大群が押し寄せると
どちらのご家庭でも獲りたての生いかなごを「炊く」んだそうです。なんでも町一つが、
醤油と砂糖味醂の美味しそうな香りに包まれるほどで、コトコトと炊きあがったものは、
各家庭毎の味となって食卓を賑やかに彩るそうです。
因みに今年のは、寒さで生育が遅れたとかで、細かくて口あたりのよろしいものでした)

06年3月11日(土)
情けなや「未熟」を自認すヘルパーに病む身を預く吾の入浴は
 
(訪問入浴(湯船を持ち込んで、看護師、男女のヘルパー各1名で1チーム)での事です。
この度私の処へ来てくれるチームの編成替えがあり、新しい看護師さんと男性のヘルパー
さんが交代しました。ところが、このお二人の「仕事」が、私にとっては大変不愉快なもので
どうにも我慢が出来ず、堪忍袋の緒が切れたところで一言申し上げました。頼むから、
前任者のようにやって貰えないものだろうかと。ところが返ってきたのは「未熟」なもの
ですから、との言い訳。お二人共にその道のプロとして派遣されてる筈ですのにです。

「貴方方はプロでしょ、言い訳を口にしてはいけません。例えば、車の運転免許。2種免許を
持ち、お客様の命を預かるタクシードライバーが「未熟」ですからと言いますか?、
貴方方も立派な「お墨付き」を身に着けて、私の身体を洗うという仕事をしている筈です。
未熟を自認なさるんだったら、2度と来ないでください」。実はこれ、今までに何度と無く
繰り返されたことです。事業所の経営方針の欠陥かと私は思いますが、情けない限りです。
具体的な事を一つ書きます。
先ず入浴前に血圧を計ってくれるんですが、127−62と数値を口にして、安定してますねと、
次の仕事に手を移しました。(私は普段から高血圧気味で、140−90を前後しています)
その記録がお持ちになったカバンの中に有るのにもかかわらずです。これでは、計ったという
記録だけが目的のように思えて、不安になったものです。
この数値を見て、何時もと違いますが、と一言あればと私は考えました)

06年3月10日(金)
笑み絶えて久しくなりぬ病臥ながく涙する日が増えてゆくのみ
 
(歳の所為にはしたくないんですが、もともと緩めだった涙腺がいまではすっかり
緩んでしまい、手放し状態となってしまいました。医学書などにはALSの症状として、
情動(感情の高まり、不安、訴えなど)を抑え難くなるとありますので、病気が泣かすんだと、
今ではおお威張りです。それはそれとして、実情は、泣きたいよ!が正直なところです)

06年3月9日(木)
いそいそとはたそはそはと出掛けゆく妻の行きさきお歌の稽古
 
(「カラオケ」が大好きな妻は、個人レッスンを受けていますが、根っからの
「上り性」の所為か、前日あたりからそわそわが始まります。出掛けるまでの
何と落ち着かないことか、レッスンでこれですから、ステージに立つ日などは、
こっちまで巻き込んで大騒ぎをしてくれます)

06年3月8日(水)
春の陽は狭庭に溢れリビングの隅々までも満たして温し
 
(無風快晴、春特有の白い空からですが、陽の光が燦燦と降り注いでいます。
 東京の最高気温は19度と4月中頃の陽気とか、遅れていた梅が一気に満開の、
見頃になったと報じています。窓を大きく開け放って自然の温さを満喫しました)

06年3月7日(火)
訪るる人に寒さを問はざれど握る手に知る 冷たくも温し

 (ぬくぬくと温室で生活してますので、外の寒さを直接肌に感じることは出来ません。
訪問してくださった方々が、手を握ってくれたりすると、流石に今の時期、
ひどく冷たい方がいらっしゃいます。
外は寒いんですねッ!でも、その冷たさは逆に私には温もりとして伝わります)

06年3月6日(月)
おだやかにああ穏やかに春とどく春一番の吹かぬがままに
 
(この冬は、久しぶりに厳冬といわれるほどの冷え込みを経験しましたが、その後は
順調に春へと移行しているようです。春といえば「春一番」、例年ですともうとっくに吹い
 てる筈ですのに、今年は未だにです。今日は雲が多めながら春の陽が降り注いでいます、
気温はすでに17.5度と一足飛びに春本番です)

(と、この歌を詠んだのは一時過ぎ、その後、急に雲が出て南の風が強く吹き出しました、
案の定、夕方には気象庁より、関東地方に「春一番」が吹いたと発表されました。
昨年より11日遅れだそうです)

06年3月5日(
ALSにて臥せゐる現在(いま)が夢ならば目覚めし朝にはスックと起つぞ!
 
(夢を見る、と、夢に見る、の違い、何れも実現不可能な事でしょうが、
その夢が叶う時が若しあるとすれば、などと夢を見ています)

06年3月4日(土)
確定申告書(しんこくしょ)つくるに控除の有難き「身障」「医療」に「老年者」まで
 
(こんな事で喜んだってしょうのないことですが。この他に、基礎、配偶者、社会保険
等々と控除されますと、課税対象額そのものが無くなってしまいます。トホホッ!)

06年3月3日(金)
評判の美人も台無しマスク越しの潤む目に言ふ「花粉に弱いの」
 
(評判の美人さんですが、大きなマスクで顔一面を覆い、目だけ状態で訪問されました。
今日の東京はほんとうに久しぶりの青空でした、風もそこそこ吹いてますので、
花粉が飛んでいるんでしょう、目までショボショボ状態で、折角の美人さんが台無しです。
未だ3月に入ったばかりというのに、もう症状が出るとは随分とお辛いことでしょう)

06年3月2日(木)
チルドレンと揶揄さるる若き衆議院議員(ぎいん)は
「僕ら」と称してニートを語る
 
(あの杉村太蔵議員が、昨日、予算委員会において初の質問に立ちました。
「僕ら」と、今問題のニートを代表しているような口振りでしたが、「ニートやフリーターが
増えているのは、企業が新卒者に限って採用するからだ」と持論を述べてたようですが、
小泉首相がメールマガジンで指摘した、「挑戦しないで待っている「待ち組」がいる」にたいして、
「僕たちは働く意欲を失っているわけではない、「待ち組」ではなく「待たされ組」だ
と反論していました。26歳の青年議員、将来が楽しみです)

06年3月1日(水)
しとど降る弥生の雨の冷たくて春まだ遠きを掌(たなうら)にしる
 
(もう3月です、早いものですね。今年は2月が28日までと尻切れトンボ状態でしたので
余計ですが、そのスタートの日が、心配された雪にこそなりませんでしたが、冷たい冬のような
雨となりました。掌に受けた雨が雪のように冷たいよ、とは出掛ける前の女房の感想でした。
春はひと雨ごとに近づいてくると言われますように、この雨は春を呼んでくれるものと思われます)

06年2月28日(火)
篤き手を背に添へ<じゃあ>と去にし友のぬくもり残る吾の胸底に
 
(帰り際に、背に手を添えてくれたり、動かぬ私の手を握ってくれたり、
のスキンシップは大変嬉しいものです)

06年2月27日(月)
大掃除をされしパソコン立ち上げて戸惑ふばかり溜めしゴミ消え
 
(2年間遣い続けたパソコンが、息子に言わせると「ゴミが溜まった」状態になり、動きが大変
鈍くなりましたので、息子が二日がかりで大掃除をしてくれました。確かに動きは早くスムースに
なりましたが、全てが初期設定状態に戻ってしまいましたので、操作に戸惑いがあります。
私が遣い易いように設定した部分が沢山ありましたので、これからが大変です)

06年2月26日(
<わたくしはロボットなどではありません!>我の介護に疲れし妻は
 
(ノーコメントとさせて頂きます)

06年2月25日(土)
咲き満つる梅を見上げてオオイヌノフグリが点(とも)すコバルトブルー

 (オオイヌノフグリは、畑作をなさってる方にとっては当に雑草ですが、我が家の
庭では、鉢植えに繁茂するがままに任せて、苔もそうですが、雀の砂浴び
(掘り返し)を防止する役目をも担ってもらっています。今頃はコバルトブルーの
可憐な花も見せてくれ、文字どおりに花を添えてくれます)

06年2月24日(金)
<日の丸>に抱く思ひは人それぞれ されどトリノに揚がるは誇らし
 
(下馬評どおりとはいかず、日本選手の本当の笑顔に出会えないでいた、
「トリノ冬季オリンピック」でしたが、遂に、という表現がピッタリの、残すを2日の
今日になって、荒川静香選手がやってくれました。女子フィギュアスケートでの
金メダルです。女子選手としては史上初の金メダルですから、その価値たるや
偉業ともいえる絶大なものです。室内での表彰式でしたので、へんぽん という
訳にはいきませんでしたが、一番高い所に揚がった<日の丸>は誇らしいものです。
<日の丸>は国旗であるはずですのに、随分と悩ましいものでもあるようですが)

06年2月23日(木)
♪デ〜ンデ〜ンム〜チムチカ〜タチュムリ〜♪
電話の向こうで二才の女孫
 
(盛岡に住む二才の孫娘が、歌を覚えたからと電話を通して聞かせてくれました。
ここまでは何とか聴き取れましたが、そのあとはムニャムニャ。
ジジバカぶりをお笑い下さい)

06年2月22日(水)
痩せ尾根を踏み外したるその刹那我に返れり夢より覚めて

 (また夢でした。雪山の尾根筋、それも細くて狭いところを恐る恐るって感じで
歩いてました。踏み跡を懸命に辿ってたんですが・・・アッ!で目が覚めました)

06年2月21日(火)
背にそっと添へゐし看護師の手の温もりしみじみ重し七年臥せ来て
 
(今日は予報に反して、一日中冷たく重苦しい空気に包まれていました。
こんな日は、どうしたものかナーバスになったりします)

06年2月20日(月)
舞ひ踊る雪に問ひかく津南町のあの豪雪とおんなじ雪か
 
(先日の雪を観ながらの歌です。庭園灯に照らされながら舞い降りる雪は、
綺麗だなぁーとか、いいなぁーとか、観る私の心を癒してさえくれるものですが、
豪雪とまで言われる程に降る地方では、愛でるどころか邪魔物でさえあります)

06年2月19日(
(せは)しなく枝を渡りてメジロらは咲き満つる梅の花弁(はなびら)散らす
 
(ほぼ満開の梅に、こちらもほぼ一日中メジロらが蜜を吸いに来ています。
  花にクチバシを差し込んで、それはそれは忙しないことです。折角の花ですが、
昨日あたりからチラチラと散り始めました。あんなに小さなメジロですが、
結構枝を揺らしたりして花ビラを散らしてくれます)

06年2月18日(土)
新しきヘルパーさんに身を預くこの二時間はインストラクター兼ね
 
(この度、二人の新しいヘルパーさんが、私の介護メンバーに加わってくれました。
  これで女房を入れると9人態勢となり、キャンセルの心配をしないですみそうです。
がしかし、ベテランのヘルパーさんと言えども、「私」にとっては新人さんです、
「私」に慣れて頂くまでは、ああして、こうして、と当にインストラクターよろしく、
手順その他をお教えして、覚えて頂くこととなります)

06年2月17日(金)
「愛犬が死んじゃったの・・」と涙する友の嘆きに吾が愛猫(ねこ)重ねつ
 
(20才だったそうですが、お子さんの成長と時を同じく過ごし、家族の一員だった
   愛犬が死んじゃいました、と話す友人は涙でグチャグチャ。想い出させてご免ない、
と言う私も、15年一緒に過ごしたチンチラを思い出してジーンです。
親バカ?同士で「うちの子」と「うちの子」の話でしばし時を忘れました)

06年2月16日(木)
どれどれと番号探す末尾からクジ運無きを承知の妻は
 
(お年玉クジ付き年賀状、番号を検めることなくしまっておきましたが、
ご夫婦で1等が二本とか、矢張りご夫婦で1等から4等迄全部が当たった
などの報道を目にして、我が家でも・・・と。結果は「切手シート」1枚の大当たり?
何方から?と表裏を見直して再びの「おめでとう」さんでした。クジと云えば
「年末ジャンボ宝クジ」引き出しの奥に仕舞ったまま、未だに番号調べをしてません、
どうせ駄目なのは分かってますので、ギリギリまで「夢」を見続けたいと思っています)
当選す賀状の主に有難う! 墨痕鮮やか「頌春」とあり

06年2月15日(水)
<日の丸>を置いて往きしか選手たちよトリノの空は日本晴れぞ
 
(下馬評に反して、冬季トリノオリンピックでの日本選手の成績は、今日現在ですが、
目を覆い、頭を抱えるほどの大惨敗です。期待が大きかっただけに余計かも
しれませんが、もともと下馬評なるものがマスコミを通して伝えられるものだけに、
鵜呑みにしてはいけなかったのかも知れません。こうなったら何がなんでも
フィギアの3人娘に頑張ってもらうしかありません。ガンバレッ!ニッポンッ!)

うなじ垂るる姿見飽きしトリノなり<日の丸>一本揚がる日はいつ

06年2月14日(火)
残寒に咲き満つ梅が春謳ふメジロ飛び交ふ賑はひも添へ

 (朝晩はまだまだ冬のそれですが、このところの春を思わせる日中の暖かさで、
庭の梅がほぼ満開となりました。例年より約一ヶ月遅れですが、
メジロたちは目敏く、2〜4羽が一日中蜜を啄ばんでいます)

06年2月13日(月)
華やぎてやがて寂しも雪像は重機に打たれ微塵の雪へ

 女子プロゴルファー藍ちゃん像
(200万近い観客を集めたと言う「サッポロ雪祭り」は、昨日その幕を閉じました。
早速取り壊し作業が始まったようですが、骨組み以外は全部雪で造られている
訳ですから、当然「雪」となって捨てられる運命です)

06年2月12日(
4メーター16と聴いて仰ぎ見る 街路灯一本雪に埋まるは・・、と
 (新潟県津南町では、2月5日に、観測史上最高という4m16pの積雪を記録した
そうです。テレビ報道をみただけでは、その量が如何程のものか想像だにつきません。
この外灯一本が全部埋まってしまうんだ〜、とその凄さに驚いたものです)

06年2月11日(
夢だとは夢にも知らず自(し)が声に我にかへりて夢路を辿る
 (今のが夢?自分の大きい声の寝言?に目が覚め、ポカン!状態です。
言い争いをしてたけど相手は誰?何を?でも俺白衣着てたなあ〜?)

06年2月10日(金)
結露拭く手休む間もなくて加湿器停めし余寒の朝に
 (四六時中加湿器を60%に設定して稼動させています。今朝は東京も
氷点下の冷え込みで、窓の結露が激しく、拭いても拭いてもスッキリとしません、
仕方なく加湿器を停めましたら、やがてスッキリとした青空を見ることができました)

06年2月9日(木)
お母さん!呼べど応へぬ吾が妻は恋してるらしドラマの君に
 (和製オンリーですが、テレビドラマを時々「真剣」に観ていることがあります。
ドラマの中に入り込んでいるんでしょう、私の声など全く聞こえないようです。
こう言う私も、パソコンに熱中してる時などには、「ひとの話を上の空で
聞いててトンチンカンな受け答えをする」そうですから、お相子です)

06年2月8日(水)
言ひ訳を図解に託す予報士の笑みに納得明日こそ晴れとの
 (前日の予報では、「雪を降らせた低気圧が去ったあとへ、南から暖かい
空気が吹き込むフェーン現象で、関東地方は晴れて16度と桜の咲く頃の
陽気となります」でした。が結果はどんよりで6.8度、嘘ッつきッ!と思わず
出てしまうほどの大ハズレでした。気象庁へ沢山の抗議電話があったと言う
ことでも肯けます。でも、図解で苦しい弁明をした後に「明日は晴れて午前中は
暖かでしょう」と笑顔で言われると、そうですか、と妙に納得してしまいます。
そのとおり、今日は冬日が燦燦で13度と暖かでした)

06年2月7日(火)
昨夜(よべ)徹しそおっと降り積みし淡雪をそおっと消しゆく春よばふ雨
 (昨夜11時頃から降り出した雪が、朝迄に3センチ程積もって止み、美しい
雪景色となりました。それも束の間、9時過ぎた頃から降り出した細かい
雨が、折角?の雪を、見る見る内に融かしてしまいました。
春の淡雪とはいいますが余りにもあっけない雪景色でした)

06年2月6日(月)
咲き初めし梅の香漂ふ天神様に若きら願掛く絵馬重きまで

 (例年より1ヶ月も遅れて、湯島天神境内の梅が咲き始めたようです。
例によって沢山の受験生が「合格祈願」を絵馬に託しているようですが、
テレビ画面で見る限り、堂々と誤字が記してあったりしてちょっと心配にもなります。
流石の現代っ子も事受験に関しては神様のお力に縋りたくなるのでしょう)

06年2月5日(
湯に浸かり手足伸ぶれば「利用者様」。介護入浴恥ぢらひ捨てて
 (介護保険で週一回の訪問入浴サービスを受けています。私は「利用者様」と
祭り上げられていますが、何時になってもそんな気分にはなれず、初めての
スタッフが来たりすると、ちょいと身構えたりしてしまいます。でも、そんなものを
超越してしまえば、のびのびと手足を伸ばして♪い〜い湯だなッ♪となる筈です)

06年2月4日(土)
春立つも吹雪く札幌雪積む越後テレビニュースは冬本番と
 (今日は立春、東京は北からの強い季節風が吹いていますが、日差しが強く、
部屋の中はぬくぬくです。一方テレビニュースでは、千歳空港が吹雪の影響で
殆どの便が欠航し、他方新潟津南町ではまたまたの大雪と報じています。
北国、雪国、の宿命とはいえ、この寒波は迷惑の極みでしょう。寒いとはいえ
日差しいっぱいの東京に住んでるのが申し訳ないような今日一日でした)

06年2月3日(金)
巷には豆に追はれし鬼どもの悲鳴の聞こゆ節分寒波
 (午後になって北風が強まり気温も一気に下がってきました。
超級の寒波が南下中で山ではまたまたの雪、東京は乾いた冷たい北風が
吹き抜けています。今日は節分、アチコチで「豆まき」が行われています。
鬼は外!と追われた鬼達は、この寒空にパンツ一枚で行き場を失って
右往左往していることでしょう)

06年2月2日(木)
待ち人は松明けし頃おとなふと言ひしに未(ま)だしけふは如月
 おとなふ=訪れる)

06年2月1日(水)
湯どうふを肴に酒を妻と酌む店主(おやぢ)の確かなしごと褒めつつ
 (親父さんは小僧(本人談)から叩き上げて店を持ち、70半ばの今も奥さんと
一緒に豆腐屋をやっています。二人の息子は共に他業種で独立、俺一代で
終わりだよ、と言いながらも豆腐を作り続ける姿には感心します。スーパーには
負けないよ、と言うとおり味は確かで、しっかりと昔からの風味をそのままに守り
続けて、沢山の顧客を惹きつけています。勿論私もこれ以外の物は食べません)

06年1月31日(火)
ガラス窓透し見る冬凛として臥(こや)るわれには無縁の世界
 (車椅子では、寒いのも手伝って外出は儘ならないのが現状です。
ガラス窓一枚外は今を盛りの冬、私宅を訪問される皆さんが口を揃えて
寒いッ!を連発されますが、私は温々と温室での生活、申し訳ない気も
しますが、一方では寂しささえも感じたりしています)

06年1月30日(月)

 (おとといやっとほころび始め、きょうの暖かさで7.8輪が咲きました。
早速メジロが来て啄ばんでいます)

06年1月29日(
毎日が日曜なれば今日もまた先ずは新聞一頁目から
 (今日も日曜日、イヤイヤ拠所無く働けないだけですが、朝起きるが早いか
新聞に噛り付きます。朝日とサンスポの2紙を隅々まで目を通します
(読むと書かないところにご注目)が必ず1ページ目から最終面まで、
夕刊もですのでかなりの時間を要します)

06年1月28日(土)
凍雲(とううん)のはしる真青な空に舞ふ風花ありて東京明るし
 (23日月曜日の午前中に、私の住んでる東京練馬に風花が舞いました。
超級の強い冬型の気圧配置の為に、雪雲が山を越してきたものと思われます。
見るとひと塊の黒雲が西北から東南に向かって駆け抜けてゆきます。真っ青な空、
燦燦と降り注ぐ冬の日差しをバックに舞う雪は、滅多に(東京では)見られない
ものだけに、雲がいってしまい雪が止むまでをじっくりと見ていました)
(凍雲=雪を降らしそうな雲)

06年1月27日(金)
人心をも<金>で購ひ得ると豪語せし男は冬の独房に悶ゆ
 (今話題の、ホリエモンこと堀江貴文氏。旋風を巻き起こしたとさえ言えるお騒がせ?
ぶりでした。ライブドア株の資産価値が7000億円余りから一挙に1000億円余に
激減したとか言われましても、私などには途轍もない数字でピンときません。
その昔「株」で屈辱感を嫌と言うほど味わった私にとって、今回のこの騒ぎを
傍観者で居られたことに安堵さえしています)

06年1月26日(木)
融けて凍る雪の残骸が現世(うつしよ)の汚塵にまみれて白さ失ふ
 (先日の雪が、何とも惨めな姿となって日陰には未だに遺っています。
夜間の冷え込みでガッチリと凍るようで、なかなか融けずにいます。
土埃などを被ったりして、汚れきった姿はとてもあの「白雪」とは思えません)

06年1月25日(水)
乱れたる足跡数多重なりて<道>の生(あ)れゆく雪の積む日は
 (先日の雪の日に感じたことです。雪道を初めて歩く人、次いで行く人々。
前を行く人の足跡を踏んでたのが段々と乱れ、やがては一本の道ができる。
このような事、雪道に限らず世の中には色々と形は違いますがあるように思います)

06年1月24日(火)
(ひよ)の鋭き声に目遣れば池に張る氷に閉ぢ込められし金柑
 (甲高いヒヨの声にそちらを見ますと、昨晩の冷え込みで、池の浅い部分
(野鳥の水浴び場)が厚い氷に覆われ、その中に金柑の実が一つ閉じ込められて
いました。、ヒヨが昨日ついばんで落してしまったものでしょうが、氷詰めでは
食べる事が出来ずに悔し啼きをしたものと思われます。早速氷を引き上げて割り
新しい水を張ってやりました。今は雀らが先を争って水浴びをしています)

06年1月23日(月)
有る筈のないを承知でこの一年紙上歌壇に吾が名探し来ぬ
 (去年の1月10日に「朝日歌壇」に入選掲載されたきり、とうとうこの一年、
 入選することはありませんでした。当たり前のことと分かってはいるんですが、
投稿した以上、若しかして、との期待と共に、月曜の朝刊は先ず
「歌壇」のページを開きます)

06年1月22日(
雪晴れて雪積む街の白々と夜半のしじまに半月淡く
 (昨日の雪(9cm雨水で15ミリ)は夜の9時になった頃完全に止みました。
12時を過ぎた頃、外を見ますと淡い半月が東の空にかかって、静です)

06年1月21日(土)

 (予報より降り出しがちょっと早かったようですが、東京も一日中雪でした。
やっとこさ雪になったような淡雪で、積もるそばから融けていくらしく、
一向に量が増えないまま夜に入って止みました、でも8センチ位はありましょうか。
春の淡雪とはいいますが、寒中にしては随分と淡い雪でした)

06年1月20日(金)
「大寒」のけふなど正に極寒で窓外見遣るに冬枯ればかり
 (今日は二十四節気の一つ「大寒」です。この頃が一年で一番寒いとされてるよう
ですが、テレビの天気予報番組でも盛んに大寒を連呼しています。今日の練馬は
最高気温が6.4度と、日差しが全く無かった事も手伝って底冷えのする一日でした)

06年1月19日(木)


(孫娘の置き土産です。庭の池に入れる金魚を買いに行ったら「おじょうちゃん
可愛いから(本人談)これあげるッ」ってくれたの〜!とヒメダカを5匹貰って
帰ってきました。余りに小さいので池へ放すには可哀相だね、とこれも小さな
 ブランデーグラスに入れて見ています。メダカにとっては大変迷惑な事でしょうが、
見るがわの人間様にとってはけっこう楽しいものです。
今度来るまでちゃんと世話をしといて!、って帰りましたので大変です)
(池に氷が張らなくなったら放してやるつもりでいます)

06年1月18日(水)
今朝も先ずデスクトップにゐる孫娘(まご)に<お早う>と言ひメールを開く
 (私は、パソコンのデスクトップに孫娘二人の写真を貼っています。
パソコンを立ち上げる度に可愛い?笑顔に会うことになります)

06年1月17日(火)
<新聞を読む暇ない>と言ふ妻の介助で我は二紙を隅々(すみ)まで
 (朝日とサンスポを購読すること30有余年、未だにこの習慣を止めることができず、
女房と、一部分をヘルパーさんにも捲って貰って、それこそ隅々まで読み続けています。
因みに現在は、折り目で切り別け1ページづつにした新聞を、傾斜をつけた
台上(手動新聞捲り器)に広げ、椅子に腰掛て、顎(頭)を天井から吊った
ブランコに乗せて、覆い被さるような姿勢で読んでいます。
しかし、他の用事をしながらの女房の手ですので、ちょっと待ってが頻繁で、
なかなか思うように進まないのが玉にキズです)

06年1月16日(月)
帰りゆく娘一家を見送るにはしゃぐ女孫と涙すババと
 (今度来るのは多分夏休み、しばらく会えないのかと思うと・・・)

ガランとす部屋にドッカとぬいぐるみまた来る日まで居座るつもり
 (一抱えもあるようなペンギンのぬいぐるみは六才の孫娘のお気に入り、
こちらでの友達です。又来るから待っててー!と帰ってゆきました)

ホッとしてやがて寂しき狭庭にはポツンとひとつ孫娘(まご)のサンダル
 (ホッとする反面、虚脱感のようなものを覚えたりします)

06年1月15日(
(とき)ならぬ春の嵐のあしたには梅のふっくら紅までさして


 
(昨日の雨は、強い南風にものって実に50.5ミリも降りました。これが雪だったらと、
雪国にちょっぴり思いを馳せたりしましたが、今日は朝から快晴、空気もボワッと
して3月中頃の陽気となっています。近年になく咲き遅れている梅の蕾が、
タップリの雨水を吸い陽気にも誘われて、ひと回り大きく膨らんだようにも見えます。
赤みも鮮やかさをまして、このぶんだとあと数日で咲き始めるかもしれません)

06年1月14日(土)
<おじいちゃんの夢はな〜に>と問はれしに
おまえをギュッ!と抱きしめること
 (この後があります、<じゃぁかえでこがギューしてあげるッ!>
私の病気は、六才になる孫娘の誕生前一年頃から始まりました。
それも腕の筋力から落ちてゆきましたので、孫を抱く事が出来ずに今に至っています)

06年1月13日(金)
母さん!と呼べば二人が返事して 吾娘は女孫(まご)らの母さんでした
 (「お母さんじゃないでしょッ!おばあちゃんでしょッ!」と、女房を呼ぶたびに
孫に注意?されます。私が子供を育てた頃はパパママでしたが、娘夫婦は
お母さんと呼ばせています。従って孫が居る間は「おばあちゃん」
普段は、かあさん、ママ、○○子!でとおしてますので、ついつい出てしまいます。
やっと「おばあちゃん」に慣れた頃孫達は盛岡へ帰って行きます)

06年1月12日(木)
シャボン玉七色纏ひ風に舞ふ幼子(をさな)のキラめく瞳の前(さき)
 (穏やかな春のような光りに誘われて、きょうはシャボン玉遊びです。庭(テラス)の
人工芝を張替えましたので、足ざわり?がいいんでしょう、裸足で跳びまわっています)

06年1月11日(水)
降らないね!それもそのはず雪国で大雪落とした空っ風が吹く
 (東京は今日も快晴、空気はカラカラに乾いています。それもそのはず、
列島の背骨とも言われる山々の向こう側では今日も雪のようです。
雪を降らせて水分を落し、身軽になったいわゆる空っ風が、東京を支配しています。
因みに東京では、11月1日から今日までに5回降って計40.5ミリだそうです)

06年1月10日(火)
青空をキャンバスにして虹描き水撒き遊ぶ幼き女孫(めまご)
 (六才の孫娘に、庭木への水遣りを頼みましたところ、遊び半分、どころか
遊びに熱中です。シャワーにしてひとしきり遊んでましたが、小さな虹が出来た
のを見つけて大騒ぎ、「見てッ!見てッ!楓子がつくった虹だよッ!」
(楓子、かえでこ、孫娘の名です)
今日の東京は、朝の内の暗雲がとれたあと、真っ青な空が広がりました、
風もなく小春日和とでも言うんでしょうか、暖かです)

06年1月9日(
加湿して加温して吾はひっそりと温室トマトのやうに冬を生く
 (主治医から、空気が乾いているので加湿しなさいとの指示を頂きました。
60%に設定し、室温は20度、これではまるで温室のトマトです。
ひっそりは、ちょっと言い過ぎですが似たり寄ったりの生活です)

06年1月8日(
愛しいよ弥(いや)めんこいよの女孫(めまご)なり
口つく言葉もひとつ「かッわいいッ!」
 (ジジバカです、ご容赦を <m(__)m>)

06年1月7日(土)
妻の炊く七草粥に籠められし「ALS(やまい)に克つ」を噛みしめて食む
 (今日は7日、お正月行事の一つ「七草の節句」です。
本来は旧暦で行われていたことですが、現在は勿論新暦、即ち今日です。
春の七草とは、芹、ナズナ、御形、はこべら、仏の座、すずな、すずしろ、をいいます。
これらを入れた「七草粥」を、邪気払いとして戴く習慣が現在でも広く行われている
ようですが、お正月のご馳走疲れの胃をリセットする効果があるとも言われています。
私は疲れどころか、病気をも治してしまう程の力を期待して戴きました)

06年1月6日(金)
膝頭四っつ揃へてアリガトウ!お年玉手にふたりの女孫
 (盛岡で生活している、六才と二才の女孫が娘夫婦と共に来ています。
 お正月ですので当然のお年玉、お姉ちゃんの仕種を真似て2才の子も
正座をして受け取りました)

六才の姉さと遊ぶプチ女孫(まご)はオウムだったりお猿だったり
 (プチ女孫とは下の子です、六才のお姉ちゃんが大好きで朝から晩まで
  後を追っかけています。そしてお喋りはオウム返し、やる事は猿マネ、
お姉ちゃんを鏡に日々成長しています)

06年1月5日(木)
初市や共に高値の目出度くて「株」であったり「蕪」であったり
 (昨日の東証の大発会は、大幅な値上がりで今年の幕を開けました。
一方今日の東京築地青果市場でも、冷え込みの影響で出荷量が極端に少なかった
葉物を中心に、かなりの高値で取引されたようです。消費者にとっては困ったことですが、
運?良く出荷出来た生産者は、「こいつぁー春から縁起が良いはッ!」と
メデタメデタの恵比須顔だったことでしょう)

06年1月4日(水)
タスキ継ぐただそれだけに現世(うつしよ)の喜怒哀楽の全てをみたり
 (今年もお正月恒例の「第82回東京箱根間往復大学駅伝競走」通称「箱根駅伝」が
行われました。毎回のように何らかのドラマを生むことで、駅伝ファンの心をかきたてて
くれます。今回も往路5区(山登り)で今井選手(順天大)の5人抜き、喘いでいる5人の
選手を抜き去る姿は壮快でした。復路8区では難波選手(順天堂)が脱水症状で朦朧、
フラフラになりながらもタスキを継いだ根性、6位から出て初の総合優勝を飾った亜細亜大は
29回目での快挙、とまるで人生そのもの、喜怒哀楽の全てを見せてくれました)


06年1月3日(火)
暗雲の失せて煌煌初日の出、正月三日は日本晴れぞ
 (東京にやっとの日の出です。元日、二日と低い雲が垂れ込めて二日には
冷たい雨さえパラつきました。今年を占うにしては、ちょっと気の重いスタートと
なりましたが、今日三日は朝から太陽が顔を出し、冬の日差しが眩しいほど。
空は青く澄み渡って当に日本晴れ穏やかな一日でした)

06年1月2日(
雪山をひとり下(お)りゐて目が覚める確かに俺は夢をみてゐた
 (不思議です、夢に出てくる私は健常にいた頃そのままです。
歩いていたり、登っていたり、雪山も自分の足で下りていました。
歩けなくなって二年弱、未だ身体は覚えているんでしょうか、それとも願望?
これが夢のままに終るのかどうかは、神のみが知る、であって欲しくはありません)

06年1月元日(
目出度さも中くらいなり元朝の屠蘇にALS(やまひ)の治癒を願ふは


 伊豆・真鶴・三ッ石の
(新年早々から、なんとも情けない歌になってしまいました、ご勘弁を。
 関東地方はあれほどの晴天続きでしたのに、今日に限っての曇天です。
当然、初日の出は見ることが出来ませんでした。
どうぞ上の写真で「初日の出」を堪能して下さいますように)

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